65才以上のみなさま、どうかアンケートにご協力をお願いいたします!/第7期介護保険事業計画づくりが始まります

3年に1度の、高齢者保健医療福祉の重要な計画づくりの時期が再びやってきました

ご高齢の方々の保健医療福祉をライフワークにしているフジノにとって、3年に1度の大切な時期がやってきました。

過去のブログでも3年ごとに繰り返し記してきたことなのですが、全国の市町村では3年ごとに『高齢者保健福祉計画』『介護保険事業計画』を作らねばなりません。

介護保険法

(市町村介護保険事業計画)
第百十七条  市町村は、基本指針に即して、三年を一期とする当該市町村が行う介護保険事業に係る保険給付の円滑な実施に関する計画(以下「市町村介護保険事業計画」という)を定めるものとする。


2  市町村介護保険事業計画においては、次に掲げる事項を定めるものとする。
一  当該市町村が、その住民が日常生活を営んでいる地域として、地理的条件、人口、交通事情その他の社会的条件、介護給付等対象サービスを提供するための施設の整備の状況その他の条件を総合的に勘案して定める区域ごとの当該区域における各年度の認知症対応型共同生活介護、地域密着型特定施設入居者生活介護及び地域密着型介護老人福祉施設入所者生活介護に係る必要利用定員総数その他の介護給付等対象サービスの種類ごとの量の見込み
二  各年度における地域支援事業の量の見込み


3  市町村介護保険事業計画においては、前項各号に掲げる事項のほか、次に掲げる事項について定めるよう努めるものとする。
一  前項第一号の必要利用定員総数その他の介護給付等対象サービスの種類ごとの見込量の確保のための方策
二  各年度における地域支援事業に要する費用の額及び地域支援事業の見込量の確保のための方策
三  介護給付等対象サービスの種類ごとの量、保険給付に要する費用の額、地域支援事業の量、地域支援事業に要する費用の額及び保険料の水準に関する中長期的な推計
四  指定居宅サービスの事業、指定地域密着型サービスの事業又は指定居宅介護支援の事業を行う者相互間の連携の確保に関する事業その他の介護給付等対象サービス(介護給付に係るものに限る)の円滑な提供を図るための事業に関する事項
五  指定介護予防サービスの事業、指定地域密着型介護予防サービスの事業又は指定介護予防支援の事業を行う者相互間の連携の確保に関する事業その他の介護給付等対象サービス(予防給付に係るものに限る)の円滑な提供及び地域支援事業の円滑な実施を図るための事業に関する事項
六  認知症である被保険者の地域における自立した日常生活の支援に関する事項、居宅要介護被保険者及び居宅要支援被保険者に係る医療その他の医療との連携に関する事項、高齢者の居住に係る施策との連携に関する事項その他の被保険者の地域における自立した日常生活の支援のため必要な事項


4  市町村介護保険事業計画は、当該市町村の区域における要介護者等の人数、要介護者等の介護給付等対象サービスの利用に関する意向その他の事情を勘案して作成されなければならない。


5  市町村は、第二項第一号の規定により当該市町村が定める区域ごとにおける被保険者の心身の状況、その置かれている環境その他の事情を正確に把握した上で、これらの事情を勘案して、市町村介護保険事業計画を作成するよう努めるものとする。


6  市町村介護保険事業計画は、老人福祉法第二十条の八第一項に規定する市町村老人福祉計画と一体のものとして作成されなければならない。


7  市町村介護保険事業計画は、地域における医療及び介護の総合的な確保の促進に関する法律第五条第一項に規定する市町村計画との整合性の確保が図られたものでなければならない。


8  市町村介護保険事業計画は、社会福祉法第百七条に規定する市町村地域福祉計画、高齢者の居住の安定確保に関する法律 (平成十三年法律第二十六号)第四条の二第一項に規定する市町村高齢者居住安定確保計画その他の法律の規定による計画であって要介護者等の保健、医療、福祉又は居住に関する事項を定めるものと調和が保たれたものでなければならない。


9  市町村は、市町村介護保険事業計画を定め、又は変更しようとするときは、あらかじめ、被保険者の意見を反映させるために必要な措置を講ずるものとする。


10・11 省略



現在は『第6期』で、来年度(2017年度)で計画期間が終わります。

現在は第6期です(介護保険の事業計画と年次・フジノ作成)

現在は第6期です(介護保険の事業計画と年次・フジノ作成)


そして、これから作り始めるのは『第7期』(計画期間は2018年度〜2020年度)になります。



計画どおりにいかないこともありますが、それでもすさまじく重要な計画なのです

毎回、全身全霊をこめて計画を作るのですが、なかなか計画どおりに実現しないことがたくさんあります。

また、実現しても、介護人材の不足は本当に重大なので、事業所が潰れてしまうことも多々あります。

例えば・・・

忙しさにかまけてブログには書けていないのですが、フジノにとって長年の悲願だった24時間対応型のサービス(『定期巡回随時対応型訪問看護介護』)を実施してくれる事業所が、今年2つも潰れてしまいました。

2016年10月19日・介護保険運営協議会より

2016年10月19日・介護保険運営協議会より


ずっと指摘してきたとおり、横須賀には『夜間対応型訪問介護』が存在しませんでした。そのことをフジノは強く問題視して導入を提案し続けてきたものの、どうしても実現できませんでした。

そんな中で、横須賀の地域包括ケアを実現する上で、新たな24時間対応型のサービスを導入することこそ絶対に不可欠なことでした。

2013年9月にようやく1ヶ所目がスタートし、2014年4月にはさらに2ヶ所がスタートしました。

まだまだ数は足りません。

それなのに、2ヶ所も潰れてしまったのです。

市の介護保険課と意見交換をしたのですが、比較的淡々と「仕方がない」と受け止めておられました。

でも、フジノは違います。「これによって、横須賀の地域包括ケアは、また後退してしまった」と感じました。

高齢者保健医療福祉を重要政策として取り組んできた政治家として胸がつぶれるくらいに悔しかったです。

特に24時間型サービスの本市導入へ誰よりも力を入れてきたフジノとしては「事業所が潰れてしまう前に状況を察知できなかったのか」とサポートしきれなかった責任を激しく感じました。

高齢であろうと、要介護度が高かろうと、医療ニーズがあろうと、誰もが自宅で安心して暮らせるまちにしたい。それがフジノの悲願です。

貴重な事業所が2つもサービス廃止となって、泣きたくなるくらい悲しいことでした。

このように、計画通りにはいかないこともたくさんあります。絵に描いた餅になってしまうこともあります。

けれども『計画行政』といって、地方自治体ではまずは計画の中に『必ず取り組むべきこと』を書き込まなければ、予算化も事業化もできないのです。

だからフジノは、3年ごとの計画づくりにはいつも全力を尽くしています。

国が出す『指針』(介護保険法第116条)には細心の注意を払いますし、市の動きも本会議・委員会を問わず、あらゆる観点から指摘をします。今回も全力を尽くして横須賀の地域包括ケア実現に向けて働きます。



アンケートがあなたのお手元に届くかもしれません

計画づくりのスタートは、まず市民のみなさまへのアンケートでの生の声をお聴きしてニーズを把握することからです。アンケート調査を行ないます。

そこで、あなたのお手元に来週頃アンケートが届くかもしれません。

3年前6年前にも同じお願いをしたのですが、お手元にアンケートが届いた方はどうかご回答していただきたいのです。

  1. 期間:11月15日(火)から12月15日(木)

  2. 対象者:11月1日現在で65歳以上の方の中から
    ① 要支援・要介護認定を有する高齢者 2,000名
    ② ①以外の高齢者 1,600名
  3. 方法:無記名式アンケート(無作為抽出による)をメール便で配達し、専用の返信用封筒により回収します。

  4. 内容:高齢者の日常生活実態、地域とのかかわり、認知症対応、終末期医療、介護予防、介護保険サービスの利用状況、将来のサービス利用希望など(①については59問、②については60問)

  5. 計画策定までのスケジュール(予定)

日程内容
2016年11月15日アンケート発送
2016年12月15日アンケート回収期限
2017年1~3月中旬アンケート集計
2017年3月末アンケート集計結果公表
2017年5月社会福祉審議会における計画の策定開始
2017年10月計画の中間のとりまとめ
2017年11月パブリックコメント実施
2018年1月社会福祉審議会からの答申
2018年3月計画の完成

設問は約60問もありますから、お答えするのはけっこう大変です。

それでもこのアンケートが基礎資料となって、計画の事務局案が作られていきます。全てのおおもとになる大切な、大切なものなのです。

そして、ここから計画づくりがはじまり、計画が完成すれば、2018〜2020年度の横須賀の介護保険の取り組みが決まっていくのです。つまり、あなたのアンケート結果がこのまちの高齢者保健医療福祉を動かしていくことになる訳です。

だから、どうかご協力をお願いしたいのです。

よろしくお願いいたします!



福光洋一さんの訃報に、改めてソーシャルワーカーとして生きる決意を固めました/神奈川新聞横須賀支社のみなさん、記事を本当にありがとう

福光洋一さんの訃報を神奈川新聞で知りました

けさの神奈川新聞を読んで、福光洋一さんが亡くなったことを初めて知りました。

福光洋一さんとは、社会的に弱い立場に追い込まれた方々に寄り添い続ける、本当の『正義の味方』でした。

あらゆる立場の人々の、どのような悩みや困り事であっても、常に『無報酬』でその声に耳を傾け続けた方でした。

苦しみの中にある方々がその苦境を抜け出せるように、市役所や裁判所をはじめ、あらゆる場所に一緒に同行し、解決してまわったのでした。

人はつらさの極地にある時、体が固まって動けなくなってしまいます。それを福光さんは温かく励まして、そして問題を一緒に解決できるように尽力して下さいました。

まさに『コミュニティソーシャルワーカー』のお手本そのもの。生きる教科書。

本当に、すごい方でした。

2014年10月29日・神奈川新聞記事より

2014年10月29日・神奈川新聞記事より

記事を全文引用させていただきます。

弱者へ寄り添い23年
横須賀で相談1万件、福光さん死去

横須賀市内で23年間、生活困窮者らの悩み相談に応じ、支援してきた福光洋一さん=藤沢市朝日町=が、がんで亡くなった。

少年時代に東京大空襲に遭うなど陰惨な時代を生き抜き、その信念から社会的弱者に寄り添い続け、25日、84年の生涯を終えた。

福光さんは病院職員として勤務後、1991年にJR衣笠駅前で、悩みの無料相談所『くらしの相談センター』を開設。

暮らしに行き詰まり切羽詰まった生活困窮者や多重債務に苦しむ人々など、多種多様な相談に優しい笑顔で応えてきた。

相談件数は23年間で約1万件に達した。

そうした活動が評価され、2002年に横浜弁護士会人権賞を受賞。

体調が悪化したため今年に入って同センターを閉じ、自宅で電話相談を続けていた。

戦争体験者として平和の尊さも訴え続けた。

8月10日、同市長沢で開かれた戦争体験を語り継ぐ会には、つえをついて参加。

「戦争というのは本当にひどい。こんな罪なことはない。死んだ人間も残った人たちも悲しみ、憎しみがある。戦争でそういうことを学んだ」

と語りかけた。

講演の機会は最後となったこの日、旅立つそのときを見据えてか、子どもや親世代を前に自らを奮い立たせながらこう締めくくった。

「僕は今、毎日が充実している。生きているのがこんなに素晴らしいものかって。

これからを生きる君たちには本当に幸せになってほしい。

大人には、子どもが夢を持てるような社会をつくり上げる責任がある。

一人の声はささやかかもしれないが、みんなでやれば必ずできる」

(織田匠)

神奈川新聞と織田匠記者に深く感謝しています

そして、福光さんの訃報を報じて下さった、神奈川新聞社と織田匠記者に深い感謝の気持ちを感じています。

よくぞ報じてくれました。

もしも神奈川新聞が報じてくれなかったら、僕は訃報を知らないままでした。

そしてもう1つ。

一般の読者にとって関心を持ってもらえる記事かどうかを考えた時に、つまりテレビで言うならば「視聴率が取れない」可能性が高いのに、あえて記事にして下さった。

さすが地元紙、素晴らしいと思いました。

たぶん、福光さんのことを大多数の人は知らないでしょう。

でも、弱い立場の人はみんな福光さんのことを知っていました。

市役所の相談窓口でさえ、いざという時には福光さんを頼りました。

議員だってフジノだけでなく、保守も革新もカンケーなく、市民の方からのどうしてあげることもできない相談を受けて悩んだ時に、誰もが福光さんに助けてもらったことがあるはずです。

そんな福光さんのことを神奈川新聞横須賀支社が知っていたこともすごいし、訃報を記事にした織田記者もすごいし、記事を通したデスクもすごい。

神奈川新聞横須賀支社の姿勢を本当にこころづよく感じました。

市内どころか全国から、福光さんを頼って相談に訪れたり電話をかけてこられる人がたくさんいました。

でも、福光さんは決して陽の目を浴びない、むしろそうした外部からの評価なんてどうでも良いと感じておられた方でした。

けれども、福光さんを必要とする弱い立場の方々は、ずっと感謝の気持ちを抱き続けてきました。

僕から見たらナイチンゲールのような『偉人』と同列の存在でした。

彼の為してきた偉業はもっともっと広く知られるべきだと感じてきました。

そんな福光さんのことを神奈川新聞が報じて下さったことは、感謝してもしきれません。ありがとうございます。

10年前、フジノは本気で弟子入りをお願いしました

福光さんは、社会的な意味での評価とは距離を置いてこられた方でした。

『横浜弁護士会人権賞』以外にも、本来ならばもっともっとあらゆる賞を受ける価値のある活動をずっと継続されてきた方でした。

でも、ヘビースモーカーでご自分の健康には無頓着。

そして、お金にも無頓着。

福光さんが考えていたのはいつも困っている人たちのことでした。

フジノはそんな福光さんに「弟子にしてください」と本気でお願いしに行ったことがあります。

今からちょうど10年前のことです。

当時すでに74才だった福光さん。健康状態も決して良くはありませんでした。

もしも『くらしの相談センター』が無くなったら、困る人があふれてしまう。

だから、僕が後継者になろう、と本気で考えたのです。

そんな僕の言葉を、福光さんは喜んではくれたものの、申し出はやんわりと断られてしまいました。

「『くらしの相談センター』の家賃が支払えなくて困っている」と福光さんがふとグチったのを聴いたフジノ。

そこで機会があるごとに篤志家の方々に

「どうか福光さんの活動に『寄附』をしてください」

とお願いして回りました。

実際に、複数の方々が寄附をして下さいました(数百万円になった、と聴いています)。

そのおかげで、しばらくのあいだは家賃問題は大丈夫だったようです。

フジノができた恩返しはそれだけでした。

本当の恩返しは、福光さんの仕事を引き継いでいくこと

いや、まだ恩返しはこれからですね。

福光さんが『くらしの相談センター』で取り組み続けてきたことを、僕が同じ想いをもってずっと活動していくことこそが、恩返しのはず。

フジノは政治家ですが、同時に精神保健福祉士(精神科ソーシャルワーカー)の端くれです。

地域を走り回り、声にならない声に耳を傾け、厳しい現実をいつも見逃さず、声をあげつづけて、社会が少しでも良い方向になるように信じて活動していくこと。

今もその想いを胸に秘めていつも仕事をしているつもりです。

しかし、今以上にもっと強くその気持ちをもって、働いていきたいです。

福光さん、今までずっと、本当におつかれさまでした。

そして、ありがとうございました。

定期巡回・随時対応型訪問介護看護、認知症対応型通所介護、小規模多機能型居宅介護、複合型サービスの事業所を募集しています!/「地域密着型サービスの開設希望者募集説明会」を開きました

「地域密着型サービス」に新たに取り組む事業者を募集する為に説明会を開きました

去る2012年7月13日、横須賀市は『地域密着型サービスの開設希望者への募集説明会』を開きました。

今年から新たにスタートした第5期の『介護保険事業計画』(2012~2014年度)に基いて、横須賀市は『地域密着型サービス』の整備を行なっていきます。

今回の募集は、下の4つについてです。

  1. 定期巡回・随時対応型 訪問介護 看護 事業所

  2. 認知症対応型 通所介護 事業所
    →本庁圏域と西圏域はすでに開設済みの為、今回は除外。

  3. 小規模 多機能型 居宅介護 事業所

  4. 複合型サービス 事業所

第5期の計画では(1)は1事業所、(2)は3事業所、(3)は2事業所、(4)は1事業所を見込んでいます。



地域密着型サービスとは?

ところで、介護保険のサービスの名前は、漢字が多すぎてひと目では何がなんだか分からないですよね...。

あえて一言で説明するとこんなイメージです。

  1. 24時間、自宅まで来てくれるのホームヘルパー&看護師。困ったことがあればオペレーターに電話すれば、対応してくれる。

  2. 認知症の方も対応できるデイサービス(通い)

  3. デイサービス(通い)を中心とした、ショートスティ(泊り)やホームヘルプ(訪問)などのセットメニュー

  4. 自宅まで来てくれる看護プラス上の3のサービス




24時間対応してくれる訪問サービス

この4つのうち、特に(1)の「24時間365日対応できる訪問介護・訪問看護」を実現することは、フジノにとって『悲願』です。

「絶対に実現しなければならない」と執念を持っています。

定期巡回・随時対応型訪問介護看護サービスのイメージ図

定期巡回・随時対応型訪問介護看護サービスのイメージ図


自宅で24時間365日のサービスを受けられる画期的な取り組みです。

「定期巡回」というのは、1日の中で複数回にわたって決まった時間帯に「定期的」にホームヘルパー・看護師等が自宅を訪問してくれるサービスです。

「随時対応」というのは、決まった時間帯に定期的に来てくれるのとは別に、いざという時のサービスです。体調が悪くなったり不安が押し寄せてきた時に、手元のケアコール端末で「SOS」を出すことができます。

事業所には24時間オペレーターがいて「SOS」をすぐにキャッチしてくれます。

加齢や障がいによって介護を受けなければならなくなっても、それがどんなに重度であっても、医療的なケアが必要であっても、ずっと暮らしてきたこのまちで最期の看取りの瞬間まで暮らしていかれるようにしたい。

その為には、このサービスが普及していくことが不可欠です。

政治家としても個人としてもフジノにとって、絶対に実現しなければならない義務があります。



このまちには「夜間対応型訪問介護」が存在しない

実は、フジノには大きな挫折が1つあります。

数年前に先行して創設されたサービスとして『夜間対応型訪問介護』があります。夜の時間帯にもホームヘルパーが対応してくれる、という当時としては画期的なサービスでした(今回の新サービスではこれに加えて看護師=医療も対応)。

けれども、横須賀市では導入することができませんでした。

フジノは絶対に横須賀で実現させたいと考え、取り組みました。

このサービスを横須賀に実現する為に「夜間対応型訪問介護のニーズはある。絶対に導入を!」とずっと訴えてきたのです。マスメディアもその訴えを報じ続けてくれました。

...しかし、手を挙げてくれる事業所はありませんでした。

そして横須賀市では現在に至るまで、このサービスを導入できていません。

第26回横須賀市社会福祉審議会・資料3−2


上の実績を見てもお分かりいただけますが、計画では年間の利用件数として1200~3600件も想定していたのに、実績は3年間を通してゼロでした。

サービスを行える事業所が、横須賀にはゼロだったからです。



絶対に24時間対応型の訪問サービスを実現しなければいけない!

今度こそ、絶対に実現しなければなりません。『地域包括ケア』を実現する第一歩なのです。

そこで、まず7月に開催されたこの募集説明会にどれだけの事業者が参加して下さるか、とても関心がありました。その結果ですが、20事業所から41人が参加してくれました!

募集の詳しい内容などはこちらの説明会資料をご覧下さい。今回は『補助金を活用して整備を行なう事業』で10月31日が応募しめきりです。

どれだけ事業者が手を挙げてくれるか。そして、質の高いサービスを提供できる事業者が居てくれるか。とても強く期待しています。

全国を見てみると、24時間対応の『定期巡回・随時対応サービス』の事業所数は、新たにサービスがスタートしたばかりの4月末ではわずかに34事業所でしたが、6月末現在では47事業所へと増えています(厚生労働省老健局振興課の調べ)。これから来年にかけてさらに増えていく見込みです。

横須賀市でも絶対に実現したいです!

誰もがどんな障がいを持とうとも高齢になろうとも、住み慣れた地域で暮らし続けられるまちにするのです。



本気で「弟子入り」をお願いしに行きました/福光洋一さんの『くらしの相談センター』へ

福光洋一さんの『くらしの相談センター』へ

今日は、衣笠にある『くらしの相談センター』を訪れました。

このセンターをたったお1人で運営されている、福光洋一さんにお会いするためです。

このセンターは、先日テレビのドキュメンタリーでも放映されて知っている方もすごく多いと思います。

どんな相談にも『無料』でのってくださる、ものすごく素晴らしい方です。
 
こんな方が同じまちに存在していることは「奇跡だ」と僕は思います。

遅まきながら僕もまたこの番組を観て、福光洋一さんという存在を知りました。

番組を観終えて涙がたくさん出て、

「ああ、この方のやっていることは僕のやりたいことを究極までつきつめたものだ」

と感じました。

『センター』という名前ではあるものの、あくまでもわずか数畳くらいしかない部屋です。

そこにテーブルとイスがあって、24時間そこで福光さんは寝泊りしながらたくさんの方々の相談をうけていらっしゃるのです。

75才の福光さんは、退職されてから14年間、たくさんの方々を助けてこられました。

その生き方を知って、僕は僕のめざしているものを突き詰めた姿を見た気がして、「こういう生き方がしたいんだ」と自分のことを再確認しながらも、同時に、ものすごく恐ろしい気持ちになりました。

本気で「弟子入り」をお願いしました

ものすごく運が良かったのですが、長年にわたって福光洋一さんと交流のある方と出会いました。

そこでその方にあいだに入って頂いて、福光さんの忙しいスケジュールをやりくりして頂いて、やっと今日お会いすることができました。

福光さんは今日も朝7時半から相談にのっていらっしゃいました。

僕は10時から11時半までお時間をいただいたのですが、その間も電話がかかってきたり人が訪れてきたり。

本当にたくさんの方が福光さんの存在を必要としていることが、わずか1時間半の滞在でも十二分に分かりました。

僕がお会いした目的は、本音で書きますが

「弟子入りさせてください」

とお願いしに行ったのです。

朝から夜中までぶっとおしで、福光さんのスケジュールは完全に埋まっています。

毎月100件以上の相談に福光さんは支えになって下さっています。

けれども、もしも福光さんがいなくなってしまったら...。

「これだけ多くの『福光さんを必要としている人々』が行き先を失ってしまうのは絶対に避けたい」

と僕は考えました。

「彼の遺伝子・たましいを受け継ぐ人材を育てなければならない」

と(生意気ですが)僕は考えました。

それならば、まず僕自身がそうなろう、僕自身がそうなるべきなのだ、と思いました。

僕でも、僕じゃなくても、誰でもいいんです。
 
こういう大切な『よろず相談所』をこのまちにたくさんたくさん存在させたいのです。

本当は行政がそうなれれば1番いい。

けれども、行政(市役所)でさえ、福光さんに相談をまわしているのが現実の状況です。

そこで、弟子入りをお願いしに行ったのです。

弟子入りは断られてしまいました

「きみはまじめすぎるからなあ(笑)」

あっさりと弟子入りの話は断れらてしまいました。

「週1日だけでも、福光さんのそばについて学びたいんです」

そうお願いしたのですが、やんわりと笑顔で諭されてしまいました。

「市議会議員には、市議会議員にしかできない仕事がある。きみにはそれをやってほしい」と。

そして、これまでの相談体験を1時間半、語ってくれました。

笑いが絶えない、楽しい時間を過ごさせていただきました。

やがて、別の相談者の方が訪れて僕たちは帰りました。

ソーシャルワークを徹底してやり続けて、いつか福光さんの弟子になります

断られても、僕はめげていません。

いきなり今日会っただけの人間を弟子にするような人なんて、いないはずです。

正直なところ、昨日から緊張してしまって、話したいことの10個のうち1個くらいしか話せませんでしたし、僕のことを全然伝えきることができませんでした。

確かに『政治家にしかできないこと』を政治家フジノとして僕がやらなければならないことも、十分に僕は理解しています。

でも、その前に『人間として僕がやらなければならないこと』があるのを
 僕は僕としてやらなければならないのです。

めげずに、邪魔にならないように時々顔を出させていただいて、福光さんのすごさを吸収させていただきたいと思いました。

相談者として生きることの重みと苦しみと

そんなことを書いておきながら、全く逆のことを書きます。

『相談を受ける者』として生きていくのは本当につらいし、覚悟がいるし、精神的にも肉体的に苦しみます。

今日、数ヶ月にわたって相談にのってきた方が、なんとかましな結末を迎えることができて、フジノはふらふらです。

もちろん相談してくださっている方こそが最も苦しくてつらくて大変なんです。

僕なんかどうでもいい。

だから、相談にのっている時はガンガンいけるのです。

でも、無事解決というかハッピーエンドであっても、それがひと段落つくと、気づいていなかった疲れが出てきます。

今日はもう立ち上がれないくらいに、言葉のあやでなく本当に立ち上がれないくらいに疲労感で動けなくなってしまいました。

畳の上でスーツのまま数時間ぶったおれて、やっと今、何とかパソコンの前に座っています。

フジノは「改革者」ではなくて、社会福祉を実践したいだけなのです

まちかどで演説をしていて話しかけられたりする時、多くの方々が

「政治家フジノは『改革者』として在ってほしい」

というイメージを持っているのをつくづく感じます。

若き政治家として、リーダーシップを取っていくことを期待されているのもよく感じます。

けれども、僕自身の中には、『そういう自分』を全くイメージできません。

繰り返しずうっと「市長選挙には出ません」と語ってきたのも決して謙遜でも何でもなく、それは僕自身の『在りたい姿』では無いからなのです。

苦しくても苦しくても他人の相談に少しでも乗りたいと願うのは何故なのだろう、と自問自答した頃もありました。

でも、また疲れが癒えると立ち上がって、少しでも他人の力になれたらと本能のように願うのは、僕が「そう在りたいから」だと今はハッキリと分かります。

僕はそういう人間で在りたいのです。

人の生き死にに少しでもかかわることの重みと覚悟。

それはたぶん相談を受けたことのない方には絶対に理解できない、自分の全存在をかけた時間を過ごすことです。

時に苦しくて吐き気さえしてくることもありますが、でも、それが自分の生き方なのだと思います。