写真家・岡原功祐さんが日本人初の「Sony World Photography Awards」を受賞しました!/自傷する女性たちを数年間にわたって追い続けた写真が再び世界に評価されました

横須賀が認めなかった才能をまたも世界が認めた!

昨年2008年6月22日に『残念だけどすごくうれしい話』というタイトルで、このブログに文章を書きました。

フジノと同年代にもかかわらず、すでに世界的に評価されている素晴らしいプロの写真家で岡原功祐さんという方がいます。

横須賀は、彼の素晴らしい写真の数々を展示できる権利を手にしたのにあっけなく放棄してしまいました。

しかしその後、アメリカで雑誌『TIME』が彼の写真を掲載したのですね。

当時のフジノブログでは、

「横須賀で公開できなかったのは残念だけどあの『TIME』が掲載したんだからこれで良かったのだ」

「世界が評価したものを門前払いした見る目が無い横須賀は残念だ」

と書きました。

その彼の写真が、今回さらに世界から評価されました!

それは、世界最大の写真イベントの1つである『Sony World Photography Awards Cannes 2009』(以下『SWPA』と省略)です!

「Sony World Photography Awards」サイトより

「Sony World Photography Awards」サイトより


フォトジャーナリズム・ドキュメンタリー部門の『contemporary issues』カテゴリーで第2位に選ばれたのです。

(あえて訳すならば『今日的な問題』だろうか・・・)

『SWPA』の歴史において、日本人が受賞したのは初めての快挙です。

岡原さん、本当におめでとうございます。このように報道されたりもしています。

「デジカメWatch」2016年1月26日最新ニュースより

「デジカメWatch」2016年1月26日最新ニュースより


このイベントがどれほどすごいかは公式サイトを見てもらえば分かりますので、ここでは紹介しません。

いずれにせよ、横須賀美術館では手に負えなかった才能は、アメリカで雑誌に取り上げられ、カンヌで世界から評価された、という事実だけが残りました。

昨年のブログに続いて、フジノは同じセリフを書きます。

横須賀で彼の作品を扱わなかったのは残念だけど、世界が彼の作品を認めたんだから、すごくうれしい。



「希望」だけが存在しないこの国で、いのちは居場所を求めている

ふだん岡原さんは世界中を飛び回っての撮影をメインにしているのですが、撮影の合間に日本に戻るたびにあるテーマについて撮影を続けました。

それが『自傷行為』についてでした。

今でこそ、自傷をテーマにした岡田敦さんの写真集『I am』が木村伊兵衛賞を受賞するなど、日本でもようやく一定の市民権を得られつつあります。

けれども岡田さんの写真は、スタジオでの撮影で、なおかつ、美しく撮られています。例えば、ホワイトバックに女性がヘアヌードになっています。

芸術に政治が口を出すべきではありませんが、フジノはこんな風に美しく切り取られた自傷は美化(=歪曲)されたものでリアルではないし、評価したくありません。

岡原さんの写真は、それらとは決定的に異なる点があって、生のまま(raw)なのです。

生活場面の中に自らが入り込んで、生のままを切り取っているのです。リアルなのです。

フジノからすれば、自傷行為は美しくも何とも無いし、救いでもありません。

自傷には依存性があって、一度リストカットをすれば、再びリストカットせざるをえない作用があります。

自傷には一時的にストレスを見えなくさせる効果があります。

苦しいストレスフルな日々から抜け出す為に自傷を続けるうちに、本当に死んでしまう(自殺になってしまう)人もいます。

これが現実です。

そうしなければ生きていかれないから自傷をするのであって、美化の対象でも無ければ嫌悪の対象でもありません。

岡原さんの写真には、リアルな現実だけがそこに存在しています。

しかし、リアルでなければ救いは存在しません。

自殺対策の専門家としては、自傷の本当の意味を知らなければ正しい対応を取ることができません。

つまり、美化したり嫌悪したりするのではなく、リアルな現実として受け止めねば対応はできないのです。

だからこそ、他の写真家ではなく、岡原さんをフジノは評価します。



「希望」だけが存在しないこの国で、いのちは居場所を求めている

ふだんの写真家・岡原さんは、自傷行為はテーマにはしていなくて

戦争が今この瞬間も起こっている紛争地帯や、麻薬の栽培地帯や実際の取引現場にたちあっての撮影など命がけの撮影をしています。

世界から見捨てられつつあるチベットのさらに奥地に入っていって、ハンセン氏病の隔離された施設を撮影したりしています。

世界中でいのちが毎日奪われているその現場に彼は居て、たくさんの死に向き合いながら、現実をカメラで切り取っています。

その彼が祖国・日本に帰ると、自らいのちを削っているたくさんの若い世代に出会う訳です。

フジノは、彼が初めてカメラを手に取った動機や写真で生きていくと決めた理由は尋ねたことはありません。

けれども、全く違う対象を撮影の相手にしていながらも

『いのち』

という1点において、その撮影している想いは全く同じなのではないかと感じます。

コロンビアの麻薬地帯で生きていくしかないこどもたち。

麻薬を積めたコンドームを胃の中に入れて、それをアメリカに運ぶ売人たち。

ジャングルの中で軍事訓練を受ける10代の少年兵たち。

そして、日本の終わりなき日常の中で孤独にとらわれて果てしなくリストカットを繰り返す10代の若者たち...。

GDP世界第2位のわが国ではたくさんの物があふれて、お金さえ出せば何もかもが手に入れられるような錯覚に陥ります。

でも、『希望』だけは金で買えない。

そんな現実の中で、政治家としてフジノは自殺対策に取り組んでいる訳ですが

岡原さんの写真を見るたびに、政治家として成すべきことを強く自覚させられます。

それは、『希望』を示すこと。

雨が続いた後の暗い空に輝きに満ちた太陽が差すような、生きていくことに希望を感じられるような、そんな社会へ変えること。

それが政治家の仕事なのだといつも痛感させられます。



閲覧は自己責任でお願いいたします

さて。

このリンクをクリックすると、今回のアワードで岡原さんが受賞した写真が見ることができます。

(*2009年の受賞写真を紹介するコンテンツはリンク先サイトから無くなってしまいました。残念です)

けれども、自傷行為の写真ですから、今、精神的に追い込まれている方はどうかご覧にならないで下さい。

自傷行為を見ることは伝染病に感染するように若い世代にとって大きなネガティブな影響を与えることがあります。

とはいえ、彼の写真を見なくても自傷行為をしている人は今もあなたのまわりにもたくさん居ます。

リストカットをしている人がフジノのまわりには多すぎて、もはやリスカの跡を見たことが無い10代なんて今さら居るのかどうか、想像がつきません。

けれども今、精神的に追い込まれている方は、どうかご覧にならないで下さい。

あくまでも自己責任で閲覧は判断なさって下さい。



「Sony World Photography Awards」サイトより

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