過去のカフェトークの様子(第500回~第543回)

これまでのカフェトーク(第500回〜第543回)

カフェトークがスタートしたのは2004年7月です。

このような文章で告知をしておりました。

KawaraCafeのオムライス

KawaraCafeのオムライス



みんなでのんびりお話してみませんか?

学生時代、フジノは友人たちと毎晩のように集まっては、いろいろなことを語りあってきました。

会社員時代も、業界にカンケーなくいろいろな人々で集まって、時には、沖縄料理をつまみながら、時には、アジア料理を食べながら、時には、熱海で温泉につかりながら、夢や目の前の困難や、お互いの人生を語りあったのでした。

それなのに、政治家に転職してからはすっかり忙しくなってしまい、『じっくりと語りあえる場』を全く持てなくなってしまいました。

そこで毎週1日だけは時間を作って、友達・仲間だけでなく、誰でも自由に出入り自由で参加してもらって、みんなで本当にいろんなことを語りあうようにしています。

それが『カフェトーク』です。

特別なことは一切しません。

初めてお会いする方々もたびたび来てくださる常連の方々も、じっくりと、のんびりと、みんなでお話をするだけです。

2017年12月現在で合計540回、13年目に突入しました。

*これまでに開催したカフェトークの様子はこちらをご覧ください。

会場はこちら

横須賀中央駅の駅ビル・岡田屋モアーズの8階にある、『カワラカフェ&ダイニング』(横須賀市若松町2-30 岡田屋モアーズビル8階)

カワラカフェ&ダイニングの入り口

カワラカフェ&ダイニングの入り口

◆行き方その1:電車の場合
横須賀中央駅の西口改札を出て、すぐ右にあるのが岡田屋モアーズです。エレベーターやエスカレーターで8階までいらしてください。

◆行き方その2:バスの場合
バス停「横須賀中央」をおりたら、横須賀中央駅に向かって歩いて下さい。西口改札脇に立っているのが岡田屋モアーズです。エレベーターやエスカレーターで8階までいらしてください。

会場内の具体的な場所

1番奥のテーブルを予約しています。

個室ではありませんが、パーテーションで区切られているので、会話は外には聞こえませんしプライバシーもばっちりです

個室ではありませんが、パーテーションで区切られているので、会話は外には聞こえませんしプライバシーもばっちりです


駐車場は岡田屋モアーズの駐車場をご利用下さい。

託児の専門施設はありません。

カフェの方々がお客さまも含めてこども好きな方が多いのでおこさまとご一緒でも大丈夫です!



参加してみたい方→申し込み不要・途中出入り自由です

会場に直接おこしくださいね。途中入場・途中退出もOKです。

みなさま、ぜひお気軽に遊びにいらして下さい。



参加する条件

何もありません。

事前申し込みも必要ありません。気が向いたらふらりと来てください。



毎回していること

1つだけあります。

カンタンな自己紹介(注意その1をご覧下さい)に加えて、あなたにとって『最近あったうれしかったこと・楽しかったこと』を、1つ(もちろん2つでも3つでもOKです)話して下さい。

これはとっても大切なことで、ふだんいきなり尋ねられてもなかなか答えられません。

あなたにとってハッピーなことは何だったか、をあえて見つめてもらう(フォーカシングする)ことで毎日の暮らしの向き合い方も、実は変わるんですよ。

その後は、もう何もありません。フジノから何か話題を設定する事もありません。あなたがお話したいことがあったり、みんなに見てもらいたい写真とか資料などがあれば、そのことについてお話をしたりしましょうね。もちろん、雑談だけでもかまいません。

毎回、他の参加者の方々との交流が自然に生まれていく感じです。自由な雰囲気でリラックスして過ごしていただければそれだけでOKなのです。



お願いごと

  1. お名前やご住所をうかがうことは一切ありません。
    カフェトークでなのるお名前は『偽名』でけっこうです。これまでも本名や住所をお聞きしたことはありません。どうぞ安心していらしてください。
  2. 政治家フジノへの陳情の場ではありません
    ご相談はカフェトークではなく、政治家フジノにメールや電話でお願いします。ご相談してください。ご自分のNPOやボランティア活動の宣伝もおやめ下さい。チラシなどの配布もお断りしております。
  3. 特定の政治・宗教の勧誘はやめてください。
    みなさまが安心して自由に会話できる場を保障する為にも特定の政治・宗教の勧誘はお断りします。

政治色はゼロです。

カフェトークは、フジノの政治活動の場ではありません。

というか、政治の話は「お断り」です。



ぜひお越し下さい!

初対面の人同士でみんな、いろいろなことを気軽に話しています。

市内どころか市外・県外から、さらには海外からの参加者もたくさんいらしています。

誰でも気軽に遊びにいらしてくださいね。

残念ながら、少しずつ本来の目的と変わってしまい、いったんカフェトークを止めることにしました。

第1期ともいえる第543回までの実績を報告します。

回数日付参加者メモ
54312月30日(土)
12:00〜15:10
12名年末特別版
市内8名
市外4名(内、静岡県1名、横浜2名、海外から帰省中1名)
54212月17日(日)
14:00〜17:40
11名特別版:たこ焼きバーティー
市内8名
市外3名(埼玉県)



2017年12月のたこ焼きパーティーのひとコマ

2017年12月のたこ焼きパーティーのひとコマ


ここから9ヶ月間、多忙の為にカフェトークをお休みしました。

回数日付参加者メモ
5413月19日(日)
14:00〜16:00
5名市内4名
市外1名(川崎市)
5403月1日(水)
19:30〜21:30
3名市内3名


回数日付参加者メモ
5392月12日(日)
14:00〜16:00
3名市内3名
5382月1日(水)
19:30〜21:30
2名市内2名
5371月25日(水)
19:30〜21:30
3名市内2名
市外1名(埼玉県)
5361月21日(土)
14:00〜16:00
6名市内6名
5351月11日(水)
19:30〜21:30
4名市内3名
市外1名(東京)
53412月30日(金)
11:00〜16:00
10名市内8名
市外2名
特別版:マラソンカフェトーク
53312月18日(日)
14:00〜16:00
4名市内4名
53212月16日(金)
20:00〜23:00
7名特別版:たこ焼きバーティー
53112月7日(水)
19:30〜21:30
5名市内4名
市外1名(横浜市)
53011月27日(日)
14:00〜16:00
3名市内2名
市外1名(千葉県市川市)



Kawaraパフェ

Kawaraパフェ

回数日付参加者メモ
52911月17日(木)
19:30〜21:30
2名市内2名
内、初参加1名
52811月9日(水)
19:30〜21:30
4名市内3名
市外1名(横浜)
内、初参加1名
52711月6日(日)
19:30〜21:30
5名市内4名
市外1名(埼玉)
52610月26日(水)
19:30〜21:30
2名市内2名
52510月19日(水)
19:30〜21:30
0名久しぶりに参加者なしでした
52410月12日(水)
19:30〜21:30
7名市内6名
市外1名(埼玉県浦和)
52310月9日(日)
16:00〜18:00
6名市内4名
市外2名(東京都荒川区・埼玉県浦和)
内、初参加1名
5229月29日(木)
19:30〜21:30
4名市内4名
5219月25日(日)
16:00〜18:00
5名市内5名
5209月14日(水)
19:30〜21:30
2名市内2名



カワラカフェの日替わり定食

カワラカフェの日替わり定食

回数日付参加者メモ
5199月4日(日)
16:00〜18:00
4名市内4名
5188月31日(水)
19:30〜21:30
4名市内4名
5178月21日(日)
16:00〜18:00
6名市内5名
市外1名(東京)
5168月14日(日)
16:00〜18:00
9名市内7名
市外2名(群馬・埼玉)
5158月3日(水)
19:30〜21:30
3名市内3名
5147月30日(土)
16:00〜18:00
5名市内5名
5137月24日(日)
16:00〜18:00
7名市内7名
初参加1名
5127月6日(水)
19:30〜21:30
3名市内3名
5116月29日(水)
19:30〜21:30
4名市内4名
内初参加2名
5106月22日(水)
19:30〜21:30
4名市内6名


回数日付参加者メモ
5096月19日(日)
16:00〜18:00
0名久しぶりに参加者ゼロでした。疲れがたまっていたフジノはゆっくりお茶タイムにさせていただきました
5086月12日(日)
16:00〜18:00
6名市内5名
市外1名(仙台!)
内初参加1名
5076月9日(木)
20:00〜21:30
3名市内3名
5065月29日(日)
14:00〜16:00
4名市内4名
5055月25日(水)
19:30〜21:40
3名市内2名
市外1名(埼玉)
5055月15日(日)
14:00〜16:00
8名市内7名
市外1名(横浜)
内初参加2名
5045月4日(水)
19:00〜21:00
5名市内5名
5034月30日(土)
14:00〜16:00
7名市内4名
市外3名(埼玉2名、川崎市)
内初参加1名
5024月14日(木)
19:30〜21:30
4名市内3名
市外1名(埼玉)
内1人は4年ぶりの参加!
5014月10日(日)
14:00〜16:00
3名市内3名
5004月9日(土)
19:50〜22:00
6名 特別版:お花見カフェトーク
市内6名



カワラカフェのおいしいごはん

カワラカフェのおいしいごはん



  • 第400回〜第499回はこちらをご覧下さい。
  • 第300回〜第399回はこちらをご覧下さい。
  • 第200回~第299回はこちらをご覧下さい。
  • 第91回(2007年9月)~第199回(2010年1月)はこちらをご覧下さい。
  • 第1回(2004年7月)~第90回(2007年8月)はこちらをご覧下さい。

カフェトークの雰囲気が少しだけ分かると思います。

日本福祉大学通信教育部(福祉経営学部 医療・福祉マネジメント学科)を卒業しました!/「福祉経営学」の学士号を取得しました

日本福祉大学を無事に卒業しました

無事に、『日本福祉大学 通信教育部 福祉経営学部 医療・福祉マネジメント学科』を卒業することができました。

フジノは学士入学でしたので、2年間の学びの日々でした。

卒業式は本校のある名古屋で開催されたので、パニック障がい持ちのフジノには出席することができませんでした。

けれども『学位証』を郵送して下さいました。

日本福祉大学 通信教育部 福祉経営学部 医療・福祉マネジメント学科の学位証

日本福祉大学 通信教育部 福祉経営学部 医療・福祉マネジメント学科の学位証


『学位証』を手にとって、ようやくこの2年間の学びを無事に修了することができたのだ、という実感がわいてきました。

日本福祉大学 通信教育部 福祉経営学部 医療・福祉マネジメント学科の学位証

日本福祉大学 通信教育部 福祉経営学部 医療・福祉マネジメント学科の学位証


これでフジノは正式に『福祉経営学』の『学士』となりました。

ツイッターでご報告したところ、たくさんの方からお祝いのお言葉を頂きました。

みなさまの温かいお言葉に心から感謝しています。



社会人こそ学ぶべきですが、時間と学費の確保は難しいですね

フジノは「社会人こそ学ぶべきだ」という考えを持っています。

議会でも社会人が学びやすい環境づくりの提案をしてきましたし、言いっぱなしにならないように自ら実践すべく僕自身も学びの機会を作るようにしてきました。

かつては日本社会事業大学で精神保健福祉士養成課程を修了しましたし、中退こそしたものの上智大学大学院では福祉政策を学びました。

しかし、今回も痛感させられたのですが、社会人として働きながら『学ぶ時間』と『学費』を確保することは本当に大変でした。

例えば、科目修了試験はインターネットを通じてパソコンで受けるのですが、日程が決まっています。だいたいが土日に設定されているのですが、その日に仕事が入っていることが多く、出先の廊下やカフェに急いで入ってパソコンを開いて受験したことも何度もありました。

通信制とはいえ、スクーリングにも出席しないと単位をもらえません。スクーリングの日程も固定で決まっているので本当に日程を合わせるのが大変でした。

そして何よりもつらかったのが、『学費』を捻出することでした。

「政治家はたくさんお金をもらっている」

という世間のイメージがあると思いますが、議員報酬からさらに自分の学びの為に数十万円を確保するのは不可能で、学費ローンに頼るしかありませんでした。

学費ローンを毎月返済する為に、あらゆることをガマンして節約に励まねばならない2年間でした。

通信制であってもこれだけ学費が高いのですから、今の大学生の2人に1人が奨学金(という名前ですが実質的にはローン)を借りなければ学べない実態を自らのこととして痛感しました。

改めて、学びたいという想いを持つ誰もが学びやすい環境を作り出すという政治家としての使命を再確認しました。



フジノがやらねばならないことは、立場が変わろうと死ぬまで続けていきます

政治家という職業は、4年間限定の非常勤の仕事です。選挙で落ちれば、議会での発言の機会を失ないます。

けれども政治家であろうとなかろうと、フジノが人生を賭けてやらねばならないことは死ぬまでやり続けていくことに変わりはありません。

公人であるうちは、ソーシャルアクションとして議会で発言を続けながら、市民のみなさまの相談を毎日お聴きしていきます。

個人になったならば、市民のみなさまの相談を毎日お聴きしながら、政治・行政にソーシャルアクションとして働きかけていきます。

どのような立場になろうと、死ぬまで最新の情報を学ぶことと研究を続けることが必要です。

そして、市民のみなさまの命と暮らしを守れる力になれるように、これからも努力を続けていきたいと思います。



松崎ナオさん(アーティスト・シンガーソングライター)

執筆日・2014年12月20日

98年就職組=「同期」と勝手に励まされていました

松崎ナオさんがメジャーデビューした1998年、フジノは東宝株式会社に就職しました。

だから、松崎ナオさんとは年齢が2才離れているのですが、ずっと『仕事の同期』というイメージをフジノは持ち続けてきました。

ナオさんの歌との出会いは、偶然でした。

フジノの同期社員が松崎ナオさんと親しくて、プロモーション用のパイロット版CDをくれたのです。

ふだん、他人からもらったCDはほとんど聴かないのですが、ナオさんだけは違いました。

聴いた途端に、まさに衝撃を受けました。

それ以来、彼女の歌は、フジノの人生にとって不可欠の音楽になりました。

フジノは有楽町に務めていたので都内のライブには全て参加しました。

当時のナオさんは、テレビドラマ版の『リング』で歌が使われたり出演したり、熱狂的なファンもたくさんいました。

ミクシィにコミュニティがあって、追っかけ情報とかも書かれていました。

フジノは熱心に歌を聴くファンではあったのですが、追っかけファンみたいな人たちは苦手で、いつも距離を置いていました。

何故なら、ナオさんの歌はとても力強く聴こえるのですが、実際にはその歌詞もメロディーもとても繊細で、何よりもナオさん自身がメジャーの世界に居る自分を居心地悪く感じているように見えたからです。

僕は『彼女の歌う歌』が好きなのだ、と感じてきました。

「居心地の悪そうな芸能界の中でも彼女が必死に羽ばたこうともがき続けるならば、映画業界でおれも頑張り続けよう」と勝手に励まされていました。

ずっと、フジノには『秘かな野望』がありました。

いつかフジノが東宝で担当する映画で、ナオさんの歌をエンドロールとともに流したい。

「公私混同ではなく、人生を真正面から撮った映画にはナオさんの歌は絶対に合う、だから使わせてほしい」

それが東宝在籍時のフジノの秘かな野望でした。



2002年、ナオさんはメジャーを離れ、フジノは大切な人を喪いました

彼女の歌う歌はいつもかけがえの無い存在であり続けました。

特に、2002年に元恋人を亡くしてからの数年間は、ナオさんの歌が無ければフジノは生きていくことができなかったと思います。

2002年、ナオさんはメジャーデビューしたエピックを離れました。

肖像権がありますので、わざとボカしてあります

肖像権がありますので、わざとボカしてあります


上の写真は、2006年7月、横須賀でライブをして下さった時の写真です。

2003年、フジノは東宝を退職して、政治家に転職をしました。

同じく2003年、ナオさんはインディーズをメインの活動の場に移しました。

単なる偶然に過ぎないのですが、ナオさんも転機を迎えたことがなんだかフジノにとっては親近感が強くなるきっかけになりました。



僕は、永久に彼女の歌を聴き続けると思います

こうして、気がつけば早いもので、ファンになって16~17年くらいが経ちました。

フジノが東宝在籍時に抱いた野望は、自らの手では実現できませんでした。

でも僕のかわりにNHKのディレクターがその野望を果たしてくれました。

NHK『ドキュメント72時間』という素晴らしいドキュメンタリーの主題歌としてナオさんの歌(川べりの家)が使われています。




かつてフジノが東宝在籍時に描いた夢のとおり、いろいろな立場のひとびとの人生を真正面から扱ったドキュメンタリーには、ナオさんの歌がまさにぴったりでした。

悔しいけど、サンキュー、NHKのディレクターさん。



2011.3.11以降

2011.3.11、フジノも大きな転機を迎えました。脱原発の活動に、身を投じるようになりました。

もともとナオさんはライブツアーで東北に行っていましたが、震災後、意識して東北にライブに行く機会が増えたように感じます(この話題をお話したことは無いのですが、きっとナオさんは望んでそうしているのだと思います)。

かつて、忌野清志郎さんはナオさんにギターをプレゼントしました。

音楽評論家は誰も言わないけれど、フジノはナオさんの中に忌野さんの姿とかぶるものを時々感じます。

ナオさんはライブの時に堂々とこうマイクで述べてから、歌い始める時があります。

「脱原発の歌を歌います」と。




多くのアーティストは、3.11の後、自らの態度を曖昧なままにしています。

でも、ナオさんはずっと逃げずに向き合っている数少ないアーティストのひとりです。






今も彼女の歌は、フジノの人生にとって無くてはならないものです。

CDも聴きますが、ナオさんはライブのたびに歌の演奏が全く毎回違います。だから、何百回足を運んでも、毎回全てが違うのです。

ファンとして何十年が経っても、いつも驚きと衝撃がこころを突き刺します。

大好きな松崎ナオさんと。

大好きな松崎ナオさんと(ナオさんから「もう肖像権とか気にしなくていいよ」と言ってもらえたのでふつうに顔出しですw)。

松崎ナオさんが歌い続ける限り、フジノも頑張り続けられるといつも感じます。

松崎ナオさん「80才になっても爆音で歌い続ける」

松崎ナオさん「80才になっても爆音で歌い続ける」


ありがとう、ナオさん。

2018年12月24日・横浜にて

2018年12月24日・横浜にて





市内外・県外・海外から参加して下さったみなさまと素敵な古民家カフェで年の瀬を過ごしました/年末特別版カフェトーク2017@コトノハ

休止しているカフェトークの、来年の定期開催の復活にむけて

2017年はフジノがとにかく忙しくて、カフェトークを3月末でお休みにしました。

週1回ペースで、これまで13年間で543回開催してきました。

なじみの深い方々にとっては大切なコミュニティになっており、

「早く再開してほしい」

という声もたくさん頂いてきました。

そこで、「どこかのタイミングでまた復活できないか」と考えていました。

『定期的な開催』の復活は、じっくり考えて来年の早い段階で実現したいと思います。

会場として貸していただけそうな所も見つかりつつあります。

いましばらくお待ち下さいね。

ただ、市議としての忙しさは2018年になってもなかなか変わらなさそうなので悩みどころではあります。

どうかみなさま、これ以上は再開を急かさないで下さいね。

トランキーロですよ。



9ヶ月ぶりのカフェトークでした

強いご要望をいただいているのに何もしないままでは切ないので、年内は、毎年恒例の特別版2つを開催しました。

1つ目は12月17日に開いた、毎冬恒例の『たこ焼きパーティー』です。

そして今日12月30日は『年末特別版』、いつもよりも長い開催時間のカフェトークを開催しました。

会場は『cafe+manabiya コトノハ』さんです。

会場の「cafe+manabiya コトノハ」さんの前にて

会場の「cafe+manabiya コトノハ」さんの前にて


「『年末特別版』のカフェトークの会場はここしかない!」

との想いで、2015年から会場を貸していただいています。

築百年の古民家を、オーナーご夫婦が1年間かけてじっくりとリフォームした素晴らしいコミュニティカフェです。

コトノハの様子

コトノハの様子


この数年間、『住み開き』として知られるようになった全国的な動きの1つだとフジノは受け止めています。

市内にも古民家をリノベーションしてカフェにしているところは何ヶ所もあって増えていますが、『住み開き』の動きに横須賀で呼応しているのは『コトノハ』だけなのではないかと思います。

コトノハの様子

コトノハの様子


とても素敵な取り組みだと思います。

(※もし他にも市内の事例をご存知でしたらぜひ教えて下さいね)



市内外・県外・海外から参加してくださいました

年末特別版は、これまで『マラソンカフェトーク』と銘打って12時間ぶっ通しで開催してきました。

けれども今日も大切な仕事の予定が複数入っていましたので、今年は3時間のショートバージョンでの開催となりました。

それでも、市内だけでなく、市外、県外、海外からの帰省中の方々が合計12名も足を運んでくれました。とても嬉しかったです。

おいしくて体に良いごはんを食べながら、参加者のみなさまのお話を聴かせて頂きました。

黒豆のカレー

黒豆のカレー


12名の方々のそれぞれの物語を限られたわずか3時間という時間でお聴きするのはやはりムリがありました。

フジノは、おひとりずつの時間を「巻き」でお願いしたのですが、お願いをしたフジノ自身が途中で自分の進め方にキレて

「あー、これではカフェトークがつまらなくなってしまう!ごめんなさい」

とお詫びするような状況でした。

おいしいコーヒー

おいしいコーヒー


人は、生きている人の数だけ分厚い本が何冊にもなるような物語があります。

うれしいこともたくさんあれば、悲しいこともたくさんあって、その生き様に他者が耳を傾けることはとても大きな意味があるとつくづく感じます。

カフェトークの約束事として、「ここで話したことは外部で話さない」というルールがあるので、もちろんブログにも書けません。

だからブログを読んで下さっているあなたには全く伝わっていないと分かっているのですが、カフェトークという空間を通じて語られるおひとりおひとりの人生はとても深い味わいがあります。

時間と体力が許せば、やっぱり年末特別版ぐらいは12時間ぶっ通しで開催したいなあと改めて感じました。



大好きな江口友子さん(平塚市議会議員)が来てくれました

今回は、フジノが公私ともに心から信頼し尊敬している江口友子さん(平塚市議会議員)が参加して下さいました。

江口友子さんとフジノ

江口友子さんとフジノ


彼女のライフヒストリーは公に語られていますので、カフェトークの「外部では話さない」ルールの適用外だと判断して、ちょっとだけエピソードを記させて下さい。

カフェトークは基本的に途中参加・途中退出OKのシステムなので、遅刻とか中座という概念がありません。

前日に「早く出てゆっくり向かいます」と連絡があったので、当日も「きっと江口さんはスタートと同時には来ないだろうな」とフジノは考えていました。

けれども、スタートから1時間過ぎてもいらっしゃらなかったので、少し焦りました。

何故なら会場は横須賀が地元の人にとってもすぐには分からない場所なのです。昨年も、埼玉県から参加した方がグーグルマップを観ても1時間迷ってしまったということがありました。

「これはもしかしたら江口さんも迷っているのかもしれない」

とフジノはドキドキしはじめました。

スタート1時間半が経過した頃、江口さんは無事に到着しました。

すごくホッとしたフジノのツイート

すごくホッとしたフジノのツイート


江口さんはニコニコしながら

「今日は、JR衣笠駅から歩いてきました」

「横須賀は坂が多い街ですね」

と話しました。

みんなビックリして「!!」という表情になりました。

そう、横須賀市民ならば江口さんが歩いてきた距離の長さや坂の激しさはイメージがわきますよね。

地図を貼ってみますが、実際の坂道の多さはたぶん市外の方には伝わらないだろうなあと思います。




江口さんのツイートから写真を引用させていただきますが、道のりにはこんな坂がたくさんあります。

江口友子さんのツイートから

江口友子さんのツイートから


フジノは江口さんと出会って16年目になります。

その中で、彼女がガンにかかってしまい、激しい闘病生活の末にとても厳しい時期を過ごした日々をリアルタイムで知っています。

命を落としていた可能性もあった訳です。

あの日々から時が流れて、そうして今日につながっているのです。

今年に入って江口さんの体調はかなり良いようで福島や神戸や県外に積極的に移動しておられるのは知っていました。

それでも改めて衣笠から不入斗まで坂道をずっと歩いて上がって来てくれたのかと思うと、彼女の元気さがリアルに伝わって、胸に迫るものがありました。

カフェトークを続けていると、いろいろな想いを感じます。

ある人は、ある時期にはとてもつらく厳しく、死に直面していることもしばしばあります。本人だけでなくご家族の死であったり、生きづらさに身動きも取れなくなっている方もおられます。

けれども人はいつも変化する存在です。

別の時期には穏やかな日々を過ごし、カフェトークで最近あったうれしかったことや楽しかったことを話してくれます。

こうした人々のあらゆる物語を追体験できるのがカフェトークなのだと感じています。



今年もカフェトーク参加者のみなさま、ありがとうございました

途中、9ヶ月もあいだが空きましたが、本日もカフェトークに参加して下さったみなさま、ありがとうございました。

初参加の方も、お久しぶりにお会いした方も、またいつかカフェトークが再開できた時にはお会いできますように・・・

そして、会場としてお借りした『コトノハ』スタッフのみなさま、今年もありがとうございました。温かで過ごしやすい雰囲気とおいしいごはんでカフェトークがより豊かな時間に広がったと思います。ありがとうございました。

来年、もしも定期開催が復活できたら、今ブログを読んでおられるあなたもいつかお会いできますように。



逆境に打ち勝った逗子高校吹奏楽部の歴代メンバー、ずっと支え続けたOB・OGや保護者の方々、みなさんを誇りに感じます/逗子高校吹奏楽部の定期演奏会へ

今年も「逗子高校吹奏楽部の定期演奏会」に行ってきました

お昼から、逗子高校吹奏楽部の定期演奏会に行ってきました。

700名もの来場があり、今回も大成功でした。

第53回逗子高校吹奏楽部定期演奏会へ

第53回逗子高校吹奏楽部定期演奏会へ


フジノはどんなことがあっても(例えば自分の選挙期間中であっても)、逗子高校吹奏楽部の演奏会には必ず足を運ぶことにしています。

今日は毎年参加している『横須賀ひとり親サポーターズひまわり』のクリスマス会と重なってしまい、とても悩んだのですが、やはり定期演奏会を選びました。

政治家として、人として、ずっと見守っていくと約束したからです。

約束に、終わりはありません。僕が生きている限りは、ずっと見守っていくつもりです。

もう現役生たちは誰も知らないことですが、かつて逗子高校吹奏楽部はピンチに見舞われたことがありました。

2008年のことです。今の素晴らしい逗子高校吹奏楽部を築き上げた、顧問のA先生が異動によって他校に赴任することになったのです。

逗子高校吹奏楽部の素晴らしさは、単に演奏能力の高さだけではありません。

吹奏楽に親しんでもらう為に、三浦半島全域の小中学校の児童生徒たちと一緒に練習をしてあげたり、

社会貢献活動として、ご高齢の方々の施設に演奏に出張したり、東日本大震災で被災した方々の支援など様々な災害への募金やボランティア活動をしたり(その功績が認められて文部科学大臣賞を受賞しています)、

開演前のロビーの様子。今回も募金活動が積極的に行なわれていました

開演前のロビーの様子。今回も募金活動が積極的に行なわれていました


コンクールで常に上位に入賞する実力(県大会出場は当たり前。銀・銅では「残念な結果」と自ら言い切る!)を持ちながらも、演奏の練習以外にもとても多くの時間を費やしています。

ただ単に全国大会で優勝する為ならば、そんな演奏以外のあらゆる活動は時間のロスでしかないでしょう。

けれども、A先生の強い想いのもと、伝統的に歴代の逗子高校吹奏楽部は常にそうした様々な取り組みに励んできました。

こうした礎をつくりあげたA先生の異動は、当時の生徒たちやOB・OGには耐え難いことでした。

異動の撤回を求める署名や運動がすぐに起こりました。

もともと逗子高校吹奏楽部の演奏やショークワイアの素晴らしさに惹かれていたフジノは、その時、学生たちから助けを求められました。

けれどもフジノは期待に反して、あえて厳しい言葉をかけました。

大人の世界では人事異動は当たり前のことであって、それを撤回すれば、人事制度が根幹から崩れてしまう。

素晴らしい指導者を失ったとしても、決してくじけずにこれからも今のレベルを守り高めていくことで、A先生に恩返しをすべきだ、と。

政治家フジノに人事異動の撤回を求めて集まったたくさんの高校生たちやOG・OGからは、怒りの言葉や厳しい視線が投げつけられました。

それでもフジノは最後まで人事異動の撤回を認めることはできませんでした。

そのかわり、絶対に逗子高校吹奏楽部のことをずっと見守っていくと約束したのです。

開演前の様子

開演前の様子

今日の演奏を聴いても、あの時フジノが厳しい言葉をかけたのは正しかったと感じました。

A先生が異動された後、しばらくは大変な時期がありましたが、ここ数年は当時を上回るような勢いもあります。

伝統としてOB・OGや卒業後も保護者の方々が現役の部員たちをとてもバックアップしてくれているのですが、その良き伝統も続いています。

例えば、今年4月の定期演奏会では横須賀芸術劇場が会場でしたが、前売り券でほぼチケットは完売。

当日券を求めて足を運んだフジノは、売り切れで入場することができませんでした(来場者はなんと1600人!)。

当日券完売!フジノは入場できませんでした(涙)

当日券完売!フジノは入場できませんでした(涙)


聴衆からも愛されています。

プログラム

プログラム


実は今日、フジノが会場に入るとすぐに、卒業生の保護者の方が駆け寄ってきてくれました。

「フジノさん、今日はA先生がいらっしゃってるんです!あとでぜひお会いして下さい」

と。

嬉しかったです。

そして、第1部と第2部の合間の休憩時間に、まさにA先生と引き合わせていただけたのでした。

「先生の理念は、今も立派に引き継がれていますよ」

とフジノがお伝えすると

「ずっと見守っていてくれて、ありがとうございます」

とA先生に言われました。

とんでもありません。

素晴らしい伝統を守り続けてきた歴代の現役生たち、そしてOB・OGたち、保護者のみなさん、そのみんなの力が今の発展をもたらしたのだと思います。

フジノはただひたすら見守り続けただけなのです。

A先生との再会に、フジノは率直に感動してしまいました。まだ43才なのですが、最近はすっかり涙腺が弱くなってしまいました。

その後に始まった第2部・ショークワイア(逗子高校吹奏楽部の名物です!)はとても楽しい演目なのに、何だか泣けてきました。

僕は、市議として、ひとりの人間として、みなさんのことを誇りに感じています。

終演後、会場を後にする人々はみんな幸せそうでした

終演後、会場を後にする人々はみんな幸せそうでした


今回も、3部構成ながらあっという間に時間が過ぎていきました。

高いレベルの演奏だけじゃなく、歌も歌えなければならないし、踊りだってキレキレじゃなくちゃいけない。すごいエンターテイメントぶりに今回も心から楽しませていだきました。

演奏会、僕にとって本当に素敵なクリスマスプレゼントでしたよ。

現役生のみなさん、いつもいつも素晴らしい演奏を聴かせてくれて、ありがとうね。

いつもいつもOB・OGと保護者の方々がかいがいしく現役生のサポートをしている姿をみるにつけても、嬉しくてたまりません。ありがとうございます。

どうかこれからもこの素晴らしき良き伝統を受け継いでいって下さい。

僕はずっと見守り続けています。



次回の定期演奏会のおしらせ

次回の逗子高校吹奏楽部定期演奏会は、来年5月13日(日)です。

会場は横須賀芸術劇場、入場料は500円です。

ご関心のある方はぜひお越しくださいね。



やはり「精密検査が必要」と診断されました/特定健診の結果(2017)を持って循環器内科のクリニックで再検査を受けました

「特定健診」の結果を受けて、専門の循環器内科を受診しました

6月30日に届いた特定健診の結果、フジノは『心電図検査』に所見が付きました。

心電図検査で「Cove型ST上昇 不完全右脚ブロック」との結果が出てしまいました

心電図検査で「Cove型ST上昇 不完全右脚ブロック」との結果が出てしまいました


そこで、専門の診療科(今回は循環器内科)で改めて詳しく調べてもらうことにしました。

まさにこれが『特定健診』の最も大きなメリットです。健診で早期発見することで、早期に治療することができます。その結果、重症化するのを防ぐことができるのです。

フジノは、横須賀中央駅から徒歩1分の好立地にある『杉浦循環器内科クリニック』に行きました。

横須賀生まれ・横須賀育ちの杉浦先生のクリニックにお世話になりました

横須賀生まれ・横須賀育ちの杉浦先生のクリニックにお世話になりました


『特定健診』の結果を持っていき、問診を受けました。

初診なのでまず「問診票」を書きました

初診なのでまず「問診票」を書きました


そして、改めて『心電図検査』を受けました。

再び「心電図検査」を受けました

再び「心電図検査」を受けました


その結果、やはり『Cove型ST上昇不完全右脚ブロック』であることは間違いなく、これから精密検査を受けていくことになりました。

まず、来週末に『24時間の心電図検査』を受けることになりました。

24時間ホルター心電図検査を受けます

24時間ホルター心電図検査を受けます


続いて、『運動負荷心電図検査』『心エコー検査(心臓超音波検査)』も受ける予定です。

運動負荷心電図検査も受けます

運動負荷心電図検査も受けます


フジノの場合、どの検査も知識や情報では知っていたのですが実際にやるのは初めてで、とても緊張です。

心臓超音波検査も受けます

心臓超音波検査も受けます


でも、政治家という職業は不思議なもので、自らが悲しみや苦しい体験をたくさんしていればいるほど、市民のみなさまからのご相談に深い共感を持てるようになるものなので・・・これも修行のひとつと受け止めて、頑張りたいと思います。

市民のみなさまの健康寿命を伸ばす為にも『特定健診』をぜひ受けて頂きたくて行なっている『自分実験台計画』なので、これからも全ての経過をみなさまにご報告してまいりたいと思います。



初めての診療科の新しい「かかりつけ医」を探す時に・・・

初めて受診する科で新たにかかりつけ医(クリニック・診療所)を探す時、誰もがとても迷うと思うんです。

そこで「フジノの場合はどうしているか」をご紹介しますね。

今回フジノは、いくつかの循環器科クリニックをインターネットで検索して、リストアップしてみました。

そこから院長先生の経歴に注目しました。

杉浦徹・院長先生は、もともと横須賀市立うわまち病院の循環器科で勤務医をしておられた方です。だから、フジノにとってはその経歴だけで安心でした。

というのも、市立うわまち病院循環器科はとても優秀で、急性期医療から心臓リハビリテーションまで、多職種連携で包括的な治療を24時間体制で行なっています。

認定医・専門医の資格を持つドクターも多く、診察の合間に多くの学会発表も行なっています。さらに、2006年には日経新聞の心臓病治療で『AAA』の評価を受けました。

そこで勤務医をしておられた杉浦先生が2015年に開業したばかりのクリニック→きっと高度な医療が受けられるだろう、という判断で受診を決めました。

杉浦先生が横須賀市立の病院におられた経歴から、循環器科の優秀さはよく知っておりましたので即決でした。

実際にお会いした杉浦先生は、検診結果に不安なフジノに対して、穏やかな口調で分かりやすく現状と必要な検査と今後の見通しを説明して下さいました。今回のかかりつけ医探しは大正解だったと思います。

『医療政策』に力を入れてきましたので、いつも三浦半島近隣の病院の情報は気をつけて収集しています。

例えば、各病院は『病院年報』という冊子を発行しています。病院内で配っていたり、図書館で読むことができます。

また、ホームページで各病院ともに積極的に情報を公開しています。それぞれの診療科の強みなども情報発信されています。

もしもあなたが新たに診療所・クリニックを探す時は、いくつかのホームページをまず観て、そのクリニックのドクターがどういう経歴なのかをチェックするのもオススメです。

どの病院におられたのか、所属していた診療科はどのような強みを持っているのか、さらにそのドクターがどんな論文を書いておられたのか(タイトルや本数だけでもOK)をちょっと調べてみるだけでも、得られる安心感が違うと思います。

あとは実際に受診してドクターとの『相性』もとっても大切だと思います。

その他にも、フジノが『特定健診』を受けている保健所健診センターでは、要精密検査の場合には、精密検査を受けられる病院のリストも同封してくれています。これはとても役に立ちます。

誰もがカンタンに新しい『かかりつけ医』を探すのは難しいことだと思います。そこで、少しだけでもヒントになることがあれば、またお伝えしたいと思います。



あなたも40才を超えたら特定健診をぜひ毎年受けて下さいね!/特定健診を受けました(2017)

40才になったら「特定健診」がオススメです

わが国では40才を超えると、『特定健康診査(とくていけんしん)』を受けることができます。

これがとてもオススメです。健康で長生きできるいろいろなヒントをくれる機会です。

フジノも『特定健診』を受け始めて、今年で4回目となりました。

初めて受診した2014年は、まだまだ市民のみなさまに「ぜひ受けて下さい!」とお願いするのは気が引けました。

でも、フジノ自身、『特定健診』のおかげで早い時期に発見することができて、重症にならずに済む体験をしました。

やっぱり受けておいて良かったなあと感じています。

特定健診は「保健所健診センター」での受診がおススメです

特定健診は「保健所健診センター」での受診がおススメです


また、市内の医療機関ならばほぼどこでも受けられるのですが、オススメは逸見の『保健所健診センター』です。

センターの特定健診は、どんどん改善されていきました。

スピードもアップしましたし、受診するのも快適になりました。退屈せずに、あっという間に終わります。

今ではフジノは心から市民のみなさまにオススメしております。

5月下旬にはみなさまのお手元にも、横須賀市から紫色の封筒で『受診券』が送られてきていると思います。

同封されている『受診券』を使うと、1200円で『特定健診』が受けられるのです。

平成29年度横須賀市国民健康保険・特定健康診査のご案内

平成29年度横須賀市国民健康保険・特定健康診査のご案内


さらにオプションを付けることもできます。

フジノは下の項目をオプションに加えて受診してきました。

  • 胸部検診
  • 大腸がん検診
  • 骨密度検診
  • 歯周病検診

ここ数年間、体のことは気をつけてきたフジノです。

例えば、『栄養』。毎朝、発芽玄米を食べて、出汁から作った味噌汁を飲んで、お魚と納豆も必ず頂いています。『運動』では、1日1万歩は必ず歩いています。

それでも『睡眠不足』や『不規則な生活習慣』にならざるをえません。20年以上のんでいる精神科のクスリも心身に悪影響を与えているのだと思います。

少しずつ年をとっていくうちに様々なストレスも積み重なっていく訳で、一昨年は『洞性徐脈』、昨年は『肺がん等の可能性』、という結果が出てしまいました。

今年もきっと何らかの項目でチェックしなければならないところが出てくると思います。

ファイルを受け取って、さっそく健診に向かいます

ファイルを受け取って、さっそく健診に向かいます


でも、その結果をもとに早めの治療を受けることで、重症化を防ぐことができるのです。

どうかあなたも40才を超えたら特定健診を毎年受けて下さいね。

よろしくお願いいたします!



2017年度も教育福祉常任委員会に所属することが決定しました/いのちを守る為に、この身を捧げる覚悟で働きます

今日の本会議で正式に「教育福祉常任委員会」に就任しました

1週間前のブログ記事で、2017年度もフジノは教育福祉常任委員会に所属することが内々に決定した、と記しました。

これはあくまでも無会派に割りふられた委員会ポストを、無会派の4名でうちうちに話し合いをしただけです。

実際には、今日の本会議で全議員の了解を得て初めて『正式決定』となります。

そして本会議で、正式に決定となりました。

4常任委員会それぞれの就任者リスト

4常任委員会それぞれの就任者リスト


4つの常任委員会それぞれの『就任者リスト』は上の通りです。



悩みに悩んだ末に家族の言葉に背中を押されました

『社会保障』のフジノ
『福祉政策』のフジノ
『医療政策』のフジノ
『健康政策』のフジノ
『教育』のフジノ

と、あえて14年間自ら名乗り続けてきました。

実際に、自殺対策だけでなく、高齢者保健医療福祉、こども家庭福祉、あらゆる分野で成果を上げて、横須賀の政策を引っ張ってきた自負もあります。

ずっと教育福祉常任委員会に所属してきたことに対して、こころない人々から『族議員』と誹謗中傷を受けたこともあります。

それでもあえて教育福祉常任委員会にフジノがこだわってきたのは、「政治家になった目的以外のことは一切やりたくない」という強い想いからです。

いのちを守りたくて、好きな仕事(会社)を辞めて、市議会議員に転職しました。

今でこそなんとなくベテランのように思われていますが、初立候補の時のフジノは単なる茶髪のあんちゃんで泡沫候補でした。誰もが「フジノは落選する」と言いました。

全てを捨てて、この仕事に転職しました。

だから、「いのちを守る、その目的だけの為に一直線で生きていきたい」、そう思って生きてきました。

他の3つの常任委員会も市民のみなさまの暮らしに直結しています。すごく大切です。

ただ、他の3つの常任委員会で扱っている事柄の大半が、フジノが『人生を捧げると決めた事柄』とは、『距離』があります。回り道をしている時間は僕にはありませんでした。

本会議終了後、4つの常任委員会が開かれました

本会議終了後、4つの常任委員会が開かれました


けれども2017年度は、教育福祉常任委員会を離れようと思っていました。

実は、フジノはとても体調を崩しています。

今年の予算議会での委員会最終日(2017年3月14日)、政治家人生で初めて委員会を欠席しました。丸一日、自分がいないままに教育福祉常任委員会が始まって、終わりました。ショックでした。

これまではひどいめまいがして委員会をいったん退室しても、控室で休んですぐに戻るなど、どんなことがあっても出席し続けてきました。

けれども、丸一日初めて委員会を休まざるを得ない状況に追い込まれて、ハッキリ自覚させられました。自分の体も心も限界に近付いているのだと。

1月から家族がバタバタと体調を崩していき、入退院を繰り返すようになりました。

家族が入院した経験を持つ方でなければ分からないと思いますが、仕事をしながら家族の入院のサポートをすることはとても大変です。

市内のひとりの入院でも大変なのに、バラバラのまちに暮らす家族がそれぞれにピンチに陥っていました。

もちろん、フジノは全力で仕事を続けながら、家族を守る為に奔走しました。

そして、時間も、体力も、お金も、少しずつ失われていきました。

そんな中、昨年から決めていた自分自身の手術を4月に行ないました。

残念ながら予後が悪くて、喉の炎症がきっかけで、その手術跡から雑菌が入ってしまいました。

手術は成功したのですが別の病気になってしまい、「声を出してはいけない」と言われて、毎日たくさんの薬をのまねばならなくなりました。

(そうはいっても、街頭で大声を出さなければならないのも僕の仕事のひとつですから、全く治りません。つらいです)

フジノが最近はいつもマスクをしているのをみなさんご覧になったと思います。

「これ以上、菌が入ったらダメだから」というドクターからの強い指示を受けているからなのです。

この11年、どんなことがあっても休まなかったカフェトークも、お休みさせてもらっています。

こうして迎えた、年度がわりとともに行なわれる常任委員会のメンバーチェンジ。

4つの常任委員会の中で、最も分量が多く、審議の時間も多く、したがって準備の量もすさまじく多いのが教育福祉常任委員会です。

「今の自分では、満足いく質の高い仕事ができないかもしれない」

「自分以外の方が教育福祉常任委員会に所属なさった方が、市民のみなさまの利益になるかもしれない」

「市民の為に大切なことに変わりは無いのだから、少し心身を休める為にも、負担がやや少ない他の委員会に所属しても良いのではないか」

こうした想いが何度も去来しました。

しかし、そんな僕に家族が言ったのです。

「私たちの入院で英明に迷惑をかけているけれど、この苦しい日々を体験している今こそ、あなたは苦しい想いをしている市民の気持ちが誰よりも理解できるはず。だから、あえて教育福祉常任委員会になるべきじゃないの?」

と。

なんて酷な言葉だ、と思いました。

僕はあなたたちを守る為に、時間の作れないこの仕事を辞めてでもケアに全力を尽くそうと悩んでいる時なのに。

教育福祉常任委員会に所属すれば、きっと僕は全力を尽くすだろう。

そうしたら、あなたたちの為に動く時間はますます減ってしまうのに。

確かに、大切な元恋人が命を失った時、僕は全力で自殺対策を作った。

確かに、父が12年間植物状態で入院していた時、僕はこのまちの高齢者保健医療福祉を変えようと全身全霊をかけた。

いくつもの、家族の悲しみ、つらさ、そしてそれに接した時の自分の胸の痛みは、政治家としての僕を強く突き動かしてきた。

けれど...。

結局、家族の言葉が僕の背中を押しました。

僕は、あえて最も過酷な教育福祉常任委員会に所属することを決意しました。

僕の家族が苦しんでいるように、多くの市民の方々が苦しんでいることを僕は知っています。

通院や入院の現場で、たくさんの声を僕は聴いてきたし、目の前でたくさんの涙をみつめてきました。

僕のことを「市議だ」と気づいた方々は僕が家族のお見舞い中であっても、その想いをぶつけてきます。それはとても苦しいことです。自分のことで精いっぱいなのに、さらに他の方の想いも背負うことは。

しかし、僕はプライベートとパブリックを使い分けることができません。

例え、市議だと気づかれなくとも、闘病中の方々の姿を目の当たりにするたびに、帰るところが無い方の為にMSWさんが必死に駆け回っている姿をみるたびに、親御さんのお見舞いに来た他県のこどもたちがどうすることもできなくて嘆いている姿をみるたびに、僕の頭は政治家として必死に解決策を考えています。

もはや、逃げている場合では無い、と分かりました。

もしかしたら僕は今年、途中で倒れてしまうかもしれません。複数の家族のケアと、仕事とを両立できないかもしれません。

そもそも僕自身が精神疾患もちで、他の健康な方々と比較して圧倒的に心身が弱いという前提もあります(根性だけは負けないけれど)。

それでも、いのちを守る為に、死に物狂いで働いてみせようと決めました。

初当選以来、いつだって気を緩めたことはありません。

まわりが言うほど「族議員」でもなければ、ベテランといっても年数が増えただけです。

社会保障・社会福祉にはいつも新たな課題が現れるので、いつだって初心者マークで新たな課題について文献を読み漁り、生の声を聴かせていただく為に走り回っているのです。

保健医療福祉、教育、目の前に起こる出来事は全てが『個別』で『新しい出来事』で、パターン化できません。

だから僕は、いつも1年目なのです。市議会議員15年目のキャリアで14回目の教育福祉常任委員会への所属ですが、いつだっていつも1年目なのです。

いつになってもベテランになんかなれる分野ではありません。だから、新人のまま必死に働いているのです。

本会議を休憩し、4常任委員会が初めて開催され、新メンバーで初の教育福祉常任委員会が開かれました

本会議を休憩し、4常任委員会が初めて開催され、新メンバーで初の教育福祉常任委員会が開かれました


いろいろなことを記しましたが、とにかく僕は、2017年度も教育福祉常任委員会に所属しました。

家族の言葉に背中を押されて。

その家族のいのちが失われるかもしれないにもかかわらず。

とてもつらい職業に就いたな、と改めて思います。

けれども就いた以上は、全身全霊をかけて働きます。



日本福祉大学通信教育部「冬季科目修了試験」は1科目しか受験できませんでした/予算議会の準備でヘトヘトです

冬季科目修了試験を本日受けました

社会福祉士の国家試験を受験する資格を得る為に、昨年4月からフジノは日本福祉大学の通信教育課程で学んでいます。

仕事の合間に細々と学んでいるので、勉強の時間はほとんど取れずにいます。

フジノは今日が冬季の科目修了試験でした。

インターネット上でテストを受けるのですが、カフェトーク終了後に急いで自宅に帰ってパソコンを開きました。

残念なことに、冬季の科目修了試験は1科目しか受験できませんでした。

冬季科目修了試験で受けた「福祉行財政と福祉計画」

冬季科目修了試験で受けた「福祉行財政と福祉計画」


その科目の講義(ユーチューブのような動画です)を観て、講義が終わるたびに小テストを受け、中間テストを受けて、全ての講義を観終えると、科目修了試験を受けられるようになります。

フジノは今年度中に全ての学科系の科目を終えて来年度は演習系と実習だけにあてたかったのですが、時間が作れませんでした。昨春に登録した科目はあと2科目残っていたのですが、全く勉強そのものができませんでした。この2科目の学費も支払っているので、とても残念です。

ところで、今日受験した科目『福祉行財政と福祉計画』は政治家としてのフジノの本業なので、単に合格するだけでなくA判定でないと恥ずかしいですね。

テスト勉強をする時間はゼロだったので、日頃の実務の知識だけでトライしました。さて、どうなることやら。

予算議会での市長への質疑を行なう為に提出しなければならない『発言通告書』のしめきりまであと4日。

毎日の準備でヘトヘトです。

明日13日には市長から市議会に対して『予算説明会』があります。

その後には記者発表も行われるので、当初予算案の概要があさってのメディアで報道されることになります。



浅野史郎さん新著「輝くいのちの伴奏者〜障害福祉の先達との対話〜」出版記念パーティーにお招きいただきました

東京・内幸町「日本プレスセンタービル」へ向かいました

けさは『予算決算常任委員会・理事会』が開かれました。まもなくスタートする2016年12月議会の準備が始まっています。

市長への一般質問を行なう為の『発言通告書』を作成しなければなりませんが、提出締め切り6日前。

内幸町へ向かいました

内幸町へ向かいました


12月議会を前に忙しさが増してきた日々にじゃっかんの焦りを感じながらも、今夜は内幸町にある『日本プレスセンター』へ向かいました。

日本プレスセンタービルにて

日本プレスセンタービルにて


こちらを会場に出版記念パーティーが開催されるのです。



浅野史郎さん・野沢和弘さん合同の出版記念パーティーです!

フジノがとてもお世話になっている、浅野史郎さんと野沢和弘さんのお二人の合同出版記念パーティーです!

浅野史郎さんと野沢和弘さん

浅野史郎さんと野沢和弘さん


8月に、野沢和弘さんが『障害者のリアル×東大生のリアル』(ぶどう社)を出版しました。

野沢和弘さんが、2014年から東京大学全学自由研究ゼミナール『障害者のリアルに迫る東大ゼミ』の講師として、学生たちが体験し感じたことを一冊の本にまとめたものです。

東大のゼミは現在も継続しています。外部からの参加も可能なので関心のある方はぜひこちらのFacebookをご覧下さい。

そして11月に、浅野史郎さんが『輝くいのちの伴走者〜障害福祉の先達との対話〜』(ぶどう社)を出版しました。

かねてからアサノさんは

「出版記念パーティーを開きたいから本を書いている」

と公言しておられ、

「最近、パーティーを開いていないから、新しい本を書いたのです」

と今夜もおっしゃっていました(笑)

アサノさんの出版記念パーティー開催は、久しぶりです。

「ああ、これが伝説の出版記念パーティーか」

というのが、初参加のフジノの感想でした。

ナミねぇからもお花が届いていました

ナミねぇからもお花が届いていました


アサノさんとご縁のある、あらゆる業界の方々がたくさん勢揃いしておられました(福祉関係はもちろん、芸能人の方々も)。

野沢和弘さんと東大ゼミの学生たち

野沢和弘さんと東大ゼミの学生たち


野沢さん、アサノさんのあいさつやステージの出し物も少しありましたが、

「参加者の交流によって縁が広がっていくことこそがパーティーの最大の目的」

ということで、ステージでのスピーチと歓談の時間がたっぷり取られました。

スピーチによって、アサノさん・野沢さんと壇上の方の関係性が分かりやすくなり、歓談しやすくなる、という訳ですね。

旧友の小山内美智子さんからメッセージが送られました

旧友の小山内美智子さんからメッセージが送られました


フジノもアサノさんに「上がりなさい」と言われてステージに上げられて、簡単なスピーチをしました。

障がい福祉をはじめとするあらゆる分野の方々を前にとても緊張しました。ふぅー。



今夜は、江口友子議員のおかげで会場までたどりつけました

緊張のスピーチだったものの、パーティー会場では懐かしい方々にもたくさんお会いすることができました。

『手をつなぐ育成会』でお世話になった方々、慶応大学SFCでゲストスピーカーを務めて下さった方々をはじめ、たくさんの方々とお話しました。

アサノさん・野沢さん、ご縁をありがとうございます。

そして、平塚市議会議員の江口友子議員とも再会することができました。

現在4期目を務める江口さんはフジノと当選同期にあたります。全ての地方議員の中でフジノが最も信頼している戦友というか同志というか、尊敬している方です。

お会いするたびにいつも新たな刺激と問題意識をいただきます。

そして「江口さんががんばっているから自分もがんばろう」という元気も。

平塚市議会議員の江口友子さんとフジノ

平塚市議会議員の江口友子さんとフジノ


とても細やかな心配りをして下さる方です。

今日もフジノがパニック発作に襲われながら電車に乗っているであろうことを予想して、メールで励ましながら会場まで誘導して下さいました。おかげで無事にたどり着くことができました(涙)。

江口議員、ありがとうございます。



サインをいただきました

最後に、アサノさんの新著にサインを頂きました。

アサノ先生にサインとお言葉を頂きました

アサノ先生にサインとお言葉を頂きました


いつもアサノさんが書いて下さる言葉に

「足下に泉あり」

というものがあります。

アサノさんから頂いたサインとメッセージ

アサノさんから頂いたサインとメッセージ


何年か前に頂いたこの言葉を、フジノは仕事をする上でいつも意識して大切にしています。

自殺対策と精神保健福祉の向上からスタートしたフジノの政治家人生ですが、足下を掘り続けていくことでその取り組みは深まっていくとともに、分野も広がっていくのを感じています。

いろいろな形でいろいろな人々から『お誘い』を受けましたが、全てお断りして、地道に地味に自分の信じる仕事をしてきたことが、結果的にとても良い形で実を結んでいると感じます。

「足下に泉あり」

これからも大切にしてきたいです。

アサノさん、野沢さん、出版おめでとうございます。

そして、素敵なパーティーにお招きいただきましてありがとうございました。

これからもどうぞよろしくお願いいたします!



江口友子議員とささやかな2次会へ

片付けも終わりましたので、江口議員と会場を後にしました。

会場の撤収作業も終わりました

会場の撤収作業も終わりました


まだまだ話し足りなかったので場所を移して、日比谷にあるフットサル場のみえる『サブウェイ』でお茶へ。

フジノが会社員時代、ここは冬になるとスケートリンクになりました

フジノが会社員時代、ここは冬になるとスケートリンクになりました


様々な政策について意見交換をしました。

特に、フジノが12月議会で行なう一般質問(テーマは『新型出生前診断』がメインです)について深く突っ込んだお話をしました。

フジノは横須賀市立うわまち病院の状況もお話したのですが、江口議員のお住いのまちである平塚市での状況についても調べてみたいと、とても関心を持っていただけたようでした。

江口議員の暮らす平塚は、フジノにとっては祖父の暮らすまち。祖父は亡くなってしまいましたが、今も第2の故郷に変わりはありません。

お互いに良い刺激を受けあいながら、それぞれのまちが良い方向へ向かっていくことを心から願っています。



日本福祉大学通信教育部「夏季試験」の結果が出ました/大切なライフワークである高齢者保健医療福祉の科目がまさかのB判定(涙)

「社会福祉主事」任用資格だけでは現在の福祉行政に対応しきれないとフジノは考えています

あなたに何か困ったことが起こって市役所に行かねばならないとします。

そのお困りごとの内容によっては、福祉部やこども育成部などの福祉関係の部署へ相談に行くことになると思います。

ところで、市役所にはすさまじく幅広い分野の仕事があります。そして人事異動の辞令1つで、まるで転職のように全く違う内容の仕事をしなければなりません。

港湾・道路・危機管理・観光・財政・議会などの部署から、ある日突然に福祉関係の部署へ勤め先が変わります。

あなたが相談に行ったその福祉関係の窓口で出会う市職員の多くは、実はずっと福祉にかかわってきた専門家ではありません(フジノの提案を受けて、今では一部『福祉職採用』が実施されてはいますが、その数は少ないです)。

それでも全くの素人では困るので、福祉行政にかかわる市職員は『社会福祉主事』という任用資格を持っている人を異動にあたっては配属するようにします。

異動した職員が『社会福祉主事任用資格』を持っていなければ、研修を受けて資格を取るようにすすめられます。

厚生労働省HP「社会福祉主事について」より

厚生労働省HP「社会福祉主事について」より


けれどもこの『社会福祉主事』は、大学で一般教養3科目の単位を取っていれば、それだけで取れてしまいます。

「社会福祉主事任用資格」を取る為のルート

「社会福祉主事任用資格」を取る為のルート


社会福祉に関する科目だけではなくて、例えば法学・心理学・社会学なども含まれています。

だから、気づかないままに『社会福祉主事任用資格』に該当している人はたくさんいます。

社会福祉主事任用資格を取れる大学科目

社会福祉主事任用資格を取れる大学科目


実はあなたも気づいてないだけで『社会福祉主事任用資格』を持っているかもしれないですね。もちろんフジノも持っています。

言い方は悪いのですが、そんな程度の勉強で取れる資格(三科目で取れてしまうので『三科目主事』と言われてしまうこともあります)に意味はありません。

そもそも『社会福祉主事』は、第2次世界対戦の敗戦後、大量に福祉行政の専門家が必要とされたので作られた60年以上も前の資格なのです(1950年5月制定の『社会福祉主事の設置に関する法律』で創設されました)。

もはや60年前とは全く社会状況が変わっており、現実にはもう対応しきれていないとフジノは考えています。



「福祉行政に関わる全ての市職員は社会福祉士等の国家資格を取るべきだ」とフジノは考えています

春からフジノは、日本福祉大学通信教育部での学びを続けています。

社会福祉士の国家資格を取る為には、まず約2年間の勉強(座学と実習)が必要です。それが終わって初めて国家試験を受験しても良いことになります。

国家試験の合格率はだいたい30%くらいなので、10人受けたら3人しか合格しない厳しさです。

それでも今フジノが仕事の合間を縫ってあえて勉強をしているのは、横須賀市の福祉行政にかかわる市職員のみなさんに社会福祉士資格をとってほしいからです。

上に記したとおり、フジノは

「福祉行政に関わる全ての職員は、社会福祉主事ではなく、社会福祉士・精神保健福祉士・介護福祉士等の国家資格を持っているべきだ」

と考えています。

いずれ、市議会でも正式に提案したいと考えています。

けれども、フジノ自身にその国家資格が無ければ、説得力がありません(精神保健福祉士の国家資格は持っています)。

そこでまず自分自身が先頭を切って、実際に資格を取ることにしました。

実はこれと同じことを10年前にも実行しています。それが精神保健福祉士の国家資格です。

保健所の精神保健福祉に関わる職員のみなさんに精神保健福祉士資格を取ってほしくて、まずは僕自身が受験して合格をしてみせました。

こうしたフジノの動きに、想いを同じくする人たちが精神保健福祉士資格を取ってくれました。

ですから、今回もとても期待しています。



「夏季試験」の結果が出ました

『春季試験』に続いて、けさ『夏季試験』の結果が出ました。

『科目修了試験』を合計4科目、8月14日に2科目、20日に1科目、21日に1科目を受験しました。

試験時間は1科目60分で、朝10時から夜20時のどこかのタイミングで1時間パソコンやスマホで受けられます。

正直なところ、8月は疲れきっていて試験どころではありませんでした。

市議としては6月議会が終わってからも休みは全く無く、8月に入っても市民相談は全く途切れずに新たな相談が入り続けました。

個人としては、昨年に父がなくなったので今年が新盆の準備などやらねばならないことがたくさんありました。

また、NPOの理事としては、毎年恒例の全国規模の大きなイベントがあるのでその準備もありました。

おかげで、『夏季試験』では日付を間違えました。

「今日だ!」

と思ったら、試験は明日だったことがありました。

また、試験の最中に宅急便が来て、大急ぎで玄関に出ようとしたらパソコンのコンセントに足がひっかかってしまいました。荷物を受け取り戻ると、パソコンに異変が起きていました。試験画面のタイマー(60分から減っていきます)だけは動くものの、問題を選択するボタンや、見直しをする為に前のページに戻るボタンなどが全て押せません。

試験時間を20分間も残しながら、回答を見直すこともできずにとても困りました。

そんなゴタゴタがありましたが、とにかく『夏季試験』が終わりました。

そして約半月が過ぎて、『結果通知』をお知らせするメールが来ました。

「成績通知のおしらせ」が届きました!

「成績通知のおしらせ」が届きました!


合計4科目を受験しましたが、結果はこうでした。

受験した4科目の試験結果が出ました

受験した4科目の試験結果が出ました


全科目、合格でした。

  • 『社会福祉調査論』、Aで合格
  • 『社会福祉援助技術論Ⅲ』、Aで合格
  • 『高齢者に対する支援と介護保険制度』、Bで合格(パソコンが止まって見直しができなかった科目(涙))
  • 『更生保護』、Aで合格

政治家として、ご高齢の方々の保健医療福祉をライフワークにしているフジノは、まさかの『B判定』に凹みました。パソコンが止まろうが何だろうが、見直しもせずに満点を取れるくらいじゃなければ・・・本当に悔しいです。



学習はまだまだ続くけれど必ず合格して、福祉行政に関わる職員のみなさんにも資格取得を考えてほしい

春季にレポートを1本提出しましたが、この9月にも2本のレポートを提出して合格しなければなりません(実は来週がしめきりです)。

市長への一般質問や決算審査の準備をしながら、空き時間をみつけてとにかく書きます。

決算議会が終わったその週末に、初めてのスクーリングで2日間、朝から夕方まで講義を実際に受けに行かねばなりません。

とはいえ、今年度に受講する科目(赤文字は合格したもの)が順調に減ってきました。

  • スタートアップセッション(合格)
  • 福祉経営序論(合格)
  • 社会福祉調査論(合格)
  • 福祉行財政と福祉計画
  • 社会福祉援助技術論Ⅰ(合格)
  • 社会福祉援助技術論Ⅱ(合格)
  • 社会福祉援助技術論Ⅲ(合格)
  • 保健医療サービス
  • 障がい者福祉論
  • 児童福祉論
  • 高齢者に対する支援と介護保険制度(合格)
  • 更生保護(合格)
  • 福祉経営論



あと5科目を今年度中(秋季・冬季)に合格してしまうことが目標です。

そして来年度は実習にひたすら専念したいと思います。

仕事が忙しくて仕方がないのでモチベーションを保つのは本当に難しいのですが、「全ては横須賀の福祉行政の為だ」と初心を思い返すようにしています。

がんばろう。