横須賀のこども家庭福祉の歴史を担ってきた春光学園、七十周年おめでとうございます/春光学園七十周年記念式典

春光学園、七十周年おめでとうございます

横須賀のこども家庭福祉を常に引っ張ってきて下さった『社会福祉法人春光学園』が今年70周年を迎えました。

本日は、文化会館大ホールで記念大会が開かれました。

会場にて

会場にて


横須賀市内において、戦後直後から児童養護施設『春光学園』をはじめ、保育園『三輪保育園』とその分園を開設して来て下さいました。

その実践活動の素晴らしさには、ただ感謝と尊敬の念しかありません。

本日のプログラムと冊子「七十年のあゆみ」

本日のプログラムと冊子「七十年のあゆみ」


今年2月に春光学園を訪れた際に、小林園長が長い歴史の中で蓄積されたたくさんの写真や日誌の実物を見せて頂きました。

当時はまさに編纂作業のまっただ中だった訳ですが、本日、完成した冊子『七十年のあゆみ』を頂きました。

創始者の樋口宅三郎先生

創始者の樋口宅三郎先生

開会宣言

開会宣言

第1部の最後は、70年間の歴史を映像でまとめたものが紹介されました。

(*ブログの続きは後日改めて)

後日談:翌日の神奈川新聞で報道されました

当日の様子が、翌日の神奈川新聞で大きく報じられていました。

2015年11月30日・神奈川新聞より

2015年11月30日・神奈川新聞より



東京新聞が「平成の女タイガーマスク」と雫有希選手を報じてくれました/2.14横須賀チャリティープロレス大会「きらきら太陽プロジェクトfor横須賀〜愛〜」

東京新聞が「雫有希選手」と「2.14横須賀チャリティープロレス大会」を報じてくれました

東京新聞の中沢圭子記者の記事は、いつも深みがあって、読むたびに考えさせられる良質な記事ばかりです。

同じテーマ(例えば基地の問題)を扱っていても、他紙とは必ず違う視点で斬りこむので、フジノは感心させられることがとても多いです。

そんな中沢記者が、2月2日の紙面で、雫有希選手を報じてくれました。

しかもこんなにも大きく!

2015年2月2日・東京新聞より

2015年2月2日・東京新聞より


ブログだと画像が小さいのですが、実際の新聞紙面では1ページの大半にあたります。

すごい大きな扱いです。

全文を引用させていただきます。

<元気人@かながわ>
平成の女タイガーマスク
恵まれない子のため戦うプロレスラー
雫 有希さん(28歳)

雫有希さん

雫有希さん


普段は穏やかな笑みをたたえる尼僧。

だがゴングが鳴ると、鋭い目で得意技「デスバレーボム」を繰り出し、恵まれない子たちのために戦うプロレスラーに。

自主興行や子どもプロレス教室などを開き、収益を乳児院に寄付する「きらきら太陽プロジェクト」を主宰する、いわば「平成の女タイガーマスク」。

14日に、レスラーの研さんを積んだ地・横須賀で興行をする。「プロレスを通じ、乳児院の子どもの現状と問題を伝えたい」




■憧れから夢に

中学生の時、女子プロレスにひかれた。

当時は教室の隅にいる、おとなしい女の子。居場所を見つけられない少女に勇気をくれたのは、身一つで戦う女子レスラーの姿だった。

「あんなふうに、強く華やかになりたい」。

女子レスリングが五輪種目になると、夢中で観戦。憧れは、将来の夢に変わっていった。
 
上智短大進学後に地域クラブでレスリングを始め、再入学した慶応大でレスリング部に入部。横須賀市にある防衛大学校と定期的に合同練習をした。

横須賀に住み、どぶ板通りでネービーバーガーや海軍カレーを堪能したこともある。

「横須賀でレスリングをやっていたからこそ、今の自分がある」。横須賀での初興行を控え、瞳が輝く。
 
今はフリーのレスラーの傍ら、尼僧として実家の寺の住職を務める母を支える。

社会貢献プロレスを始めたのは、2010年。寺の縁日の集客でプロレスを催し、収益を善光寺大本願乳児院に寄付した。この乳児院によだれかけなどを贈っていた母の影響だ。

以来、寄付を続け、プロジェクトの興行も10回を超えた。




■無駄に見えても
 
豊かなはずのこの社会には、虐待や家庭の事情で親と暮らせない子がたくさんいる。

「私はひとり親家庭で育ち、寂しさを感じた。両親と暮らせない子はどんなに大変か。子どもは環境を選べない。大人の私が役に立ちたい」

プロレスの道はたやすくない。華やかさの陰に、想像以上の試練や困難があった。

でも、かつてプロレスに勇気を与えられた少女は、自分が勇気を与える番だと考える。「子どもの素直な反応がうれしい。プロレスには、すごい力がある」。手探りで始めた活動。最近は、確かな手応えを感じる。

リングネームの名字「雫」は仏教の物語にある、山火事を消そうと自らの羽を水にぬらし、山に降らせたオウムの話から取った。無駄に見えるかもしれない。でも、何もしないわけにはいかない。できることを続ける-自らの決意の表れだ。

そして、名前の「有希」には願いを込めた。「すべての子どもに希望の有る社会に」 

◆私の履歴書
1986年10月 川崎市麻生区に生まれる。後に埼玉県に転居。
2005年4月 上智短大に入学。在学中に地域クラブでレスリングを始める。
2007年4月 慶応大に再入学。レスリング部に入部。
2009年9月 防衛大学校で練習を積むため、横須賀に一時的に転居。およそ半年間住む。
2010年8月 実家の寺の縁日でチャリティープロレスを実施。収益を善光寺大本願乳児院に寄付。プロレスを通じた社会貢献活動を展開。
2012年12月 尼僧になり、プロレスとの両立を始める。
2013年   これまでの取り組みを土台に、プロレス興行の収益を乳児院の子への支援などに充てる「きらきら太陽プロジェクト」を正式に発足。


(中沢佳子)

中沢記者、すごい。深い。

素晴らしい記事をありがとうございます!



チャリティプロレス横須賀大会「きらきら太陽プロジェクトfor横須賀」を応援して下さるみなさま、ありがとうございます!

すでに横須賀大会を報じて下さったのは、なんと合計7社にも増えました。

これまで報じて下さった雑誌・ネット・テレビ・新聞・タウン紙

しかも、最後の最後に大きな衝撃が全国にとどろくかもしれないのです(まだ言えない、でもすっごく楽しみ)。

メディアのみなさま、ありがとうございます!



フジノも宣伝がんばってます

こんな雫有希選手の活動に共感して『きらきら太陽プロジェクトfor横須賀〜愛〜』を大成功させたくて、フジノもささやかながらお手伝いをしています。

例えば、『新成人のつどい』(1月12日)の開始前と後に、会場のそばでチラシをお配りして来場を呼びかけました。

成人式を終えた娘さんを迎えに来た、小学校時代の同級生と再会したフジノ

成人式を終えた娘さんを迎えに来た、小学校時代の同級生と再会したフジノ


新成人のみなさんは、たくさんチラシを受け取ってくれました。

下のツイキャス動画は、2月1日の宣伝活動の様子です。

横須賀中央の横浜銀行前でチラシ100枚を18分で配り終えてしまいました。




下の写真は、昨夕の宣伝活動の様子ですね。

ワイデッキ下の広場にて

ワイデッキ下の広場にて


たくさんのメディアが報じて下さったので、少しずつ浸透してきたのを感じています。

みなさま、ぜひバレンタインデーは不入斗総合体育館にプロレス大会にこどもたちと一緒に遊びに来て下さいね!



雫有希選手の代理で「春光学園」へ「招待券」をお渡ししてきました!/2.14横須賀チャリティープロレス大会「きらきら太陽プロジェクトfor横須賀〜愛〜」

春光学園に雫有希選手の代理で「招待券」をお渡ししてきました

2.14バレンタインデーに開催されるチャリティープロレス横須賀大会『きらきら太陽プロジェクトfor横須賀〜愛〜』。

2.14大会のポスター

2.14大会のポスター


本大会では、児童養護施設のこどもたちや、ひとり親家庭の方々を、たくさんご招待しています。

そもそも『全てのこどもたち』に『希望』は『有る』という願いから、リングネームが『雫有希』なのです。

そんな雫選手の強い祈りの気持ちを現実のものにしていく為のひとつの形が、本大会です。

多忙の為に横須賀に来れなかった雫選手のかわりに、フジノが『春光学園』(児童養護施設・横須賀市小矢部)を訪問しました。

春光学園前にて

春光学園前にて


そして、2.14横須賀大会の『招待券』をお届けしてきました。

当日は約20名のこどもたちがプロレス大会に遊びにきてくれます。

プロレス好きの個人としても、こどもたちの社会的養護を大切に取り組んできた政治家としてもフジノは、たくさんのこどもたちに楽しんでもらえることが嬉しくてたまりません。



70周年を迎えた春光学園

『児童養護施設』は名前こそ『施設』と銘打っていますが、こどもたちの大切な『生活の場』です。つまり、『家』です。

なるべくこどもたちの邪魔にならないようにしようと思って、こどもたちが学校に通っているお昼の時間帯におじゃましました。

そして、招待券だけお渡ししてすぐに帰ろうとしたら…。

「フジノくん、せっかく来たんだからお茶でも飲んでいきなよ」

小林秀次園長が声をかけて下さいました。

実はフジノにとって小林園長は、『こども家庭福祉』の世界の大先輩なのです。春光学園の園長に就任される前から、フジノにとって大切な先生のひとりです。ありがたくお話を伺っていくことにしました。

大量の資料の山に囲まれる小林秀次園長(でも嬉しそう)

大量の資料の山に囲まれる小林秀次園長(でも嬉しそう)


『春光学園』は今年、創立70周年を迎えました。

その記念式典が12月に開催されるのですが、記念誌を作成する為に小林園長はここしばらくあらゆる資料を漁って、70年の歴史を振り返っているそうです。

そもそも『春光学園』とフジノはおつきあいがとても古くて、二十歳の頃に大学の『社会福祉論』の授業のレポートで春光学園を取り上げさせて頂きました(もう21年も前のことですね)

『春光学園』の創立の歴史もかなり勉強したのですが、今日、改めて小林園長に見せて頂いた資料の数々はすごかった!

昭和21年の日報や月報をつづった重要な書類が保管されていました

昭和21年の日報や月報をつづった重要な書類が保管されていました


戦後すぐに立ち上がった『春光学園』の歴史は、『日本の社会福祉の歴史』そのものと大きく重なっています。

樋口宅三郎先生の「人生の路地〜養護施設の十年〜」

樋口宅三郎先生の「人生の路地〜養護施設の十年〜」


フジノが最も感激したのは、『当時の日報や月報を職員の方々が今日まで保管してこられたこと』です。

資料そのものの価値も素晴らしいのですが、「よくぞ、70年間保管し続けて下さった!」という想いでいっぱいです。

現存する中で、春光学園の最も古い写真(昭和20年当時の写真です)

現存する中で、春光学園の最も古い写真(昭和20年当時の写真です)


さらに、今までフジノは創立10年目(昭和30年頃)の『春光学園』の写真は見たことがありました。これは市の刊行物などにも掲載されています。

しかし、それをさらに遡ること10年、つまり創立当時の写真が見つかったのです。感動しました!

終戦直後からアメリカ軍のこころある人々は、春光学園を全力で支援し続けてくれました

終戦直後からアメリカ軍のこころある人々は、春光学園を全力で支援し続けてくれました


また、昨年フジノは終戦直後の『ララ物資』がいかに日本にとって大きな意味があったかを学び直した訳ですが、今日は『日本の戦後の福祉にいかにアメリカ軍の篤志家の大きな協力があったか』を学び直しました。

70年前から現在に至るまでの日誌を小林園長は丁寧に読みながら、毎日の出来事をピックアップしてノートにまとめておられました。それを拝見すると、アメリカ軍の篤志家(特にこどもたちに想いの強い方々)の定期的かつ莫大な食糧や資金の援助が浮かび上がってきました。

もちろん、横須賀の先人のみなさまの活動があってこその『春光学園』なのですが、日本人だけでなく、特にアメリカ軍の軍人の方々の支援が大きかったことを改めて痛感させられました。

その後、さらに『春光学園』と横須賀市が進めている学習支援のブース(昼間なのでこどもたちはもちろんいません)などの様子を拝見したり、園内を改めて見学させていただきました。

学習支援のブースの設置も進んでいました

学習支援のブースの設置も進んでいました


本来ならば、こっそりと招待券をお渡ししてすぐに帰るつもりだったのですが、すっかり長居をしてしまいました。

フジノはずっと『春光学園』とこどもたちを応援しています。

「こどもたちには常に希望が有る」と信じる雫有希選手と、『春光学園』の出会いは必然だったのだろうなあと思います。

2.14横須賀チャリティープロレス大会『きらきら太陽プロジェクトfor横須賀〜愛〜』、ぜひみなさまいらして下さいね!

お待ちしております!



さらに毎日新聞が報じてくれました!/2.14チャリティープロレス横須賀大会「きらきら太陽プロジェクトfor横須賀〜愛〜」

毎日新聞が報じてくれました!

2.14チャリティプロレス横須賀大会『きらきら太陽プロジェクトfor横須賀~愛~』

こどものためのチャリティープロレス「きらきら太陽プロジェクトfor横須賀」

こどものためのチャリティープロレス「きらきら太陽プロジェクトfor横須賀」


けさの毎日新聞が大きく報じてくれました!

2015年1月25日・毎日新聞より

2015年1月25日・毎日新聞より

2015年1月25日・毎日新聞より


以下に全文を引用させて頂きます。

女子プロレス:児童施設など支援 
チャリティー、横須賀で来月14日

女子プロレスリングの子ども向けチャリティーイベント「きらきら太陽プロジェクトfor横須賀〜愛〜」が来月14日午後1時半、横須賀市総合体育館で開かれる。

主催は横須賀にゆかりがあるフリーの女子プロレスラーで僧侶の雫有希(しずくあき)選手(28)。

趣旨に賛同したダンプ松本選手ら人気レスラーも団体を越えて参戦する。

雫選手は上智大学短期大学部でレスリングを始め、慶応大学編入後の2007年、在学中にプロデビュー。

10年から埼玉県越谷市の実家の寺で、長野市の善光寺大本願乳児院を支援する興行を始めた。

13年、慈善団体「きらきら太陽プロジェクト」を発足させ、同乳児院への寄付、障害者との交流を続けている。

慶大時代、防衛大学校(横須賀市走水)のレスリング部で合同練習し、同市内に短期間住んだ経験があり、今回の興行を企画。

イベントではダンプ選手のほか、堀田祐美子、中島安里紗ら人気選手が試合に出場し、同市出身の元レスラー、府川唯未氏がリングアナウンサーを務める。

市内の児童養護施設「春光学園」「しらかば子どもの家」の児童を招待。

プロレス教室のほか、児童虐待防止のNPO法人など福祉団体が模擬店を出す。収益の一部は同乳児院、同市レスリング協会に寄付する。

午後0時15分開場。入場料2000円(全席自由)。障害者・大学生1000円。高校生以下無料。

問い合わせは同プロジェクト(070−5565−1368)へ。

【田中義宏】

毎日新聞・田中記者、ありがとうございました!



チャリティプロレス横須賀大会「きらきら太陽プロジェクトfor横須賀」を応援して下さるみなさま、ありがとうございます!

すでに横須賀大会を報じて下さったのは、なんと合計6社にも増えました。

これまで報じて下さった雑誌・ネット・テレビ・新聞・タウン紙

みなさま、ありがとうございます!



ポスターを貼りだすのにご協力いただいたお店を紹介します(その4)

さらに、ポスターの貼りだしにご協力いただいたお店をご紹介します。

今回、新たにご協力くださったのは、『Kawara cafe&dining』さん(モアーズ横須賀店8階)です!

毎月1回の『カワラカフェトーク』の会場としてお借りしているカフェです!

「Kawara cafe&dining」店長の二宮さんとフジノ

「Kawara cafe&dining」店長の二宮さんとフジノ


プロレスとはなかなか縁遠いイメージのある、ものすごくおしゃれな『Kawara cafe&dining』。

「Kawara cafe&dining」ホームページより

「Kawara cafe&dining」ホームページより


店長の二宮さんが、今回のチャリティーの趣旨にも賛同して店内にポスターを貼り出して下さいました。

本当にありがとうございました!



「児童福祉施設による野球大会」に出場した「春光学園」の応援に保土ヶ谷球場へ行ってきました!

「児童福祉施設による野球大会」の応援へ

今日は、高校野球の神奈川大会で有名なスタジアム横浜・星川にある保土ヶ谷球場に行ってきました。

野球大会に出場する『春光学園』チームを応援する為です!

保土ヶ谷球場へ応援に行ってきました

保土ヶ谷球場へ応援に行ってきました

昭和39年(1964年)に第1回が行なわれて、今年で第51回目の歴史ある野球大会です。

県内の『児童福祉施設』に入所しているこどもたちのスポーツを通じた心身の健やかな発達と育成を目的として開かれています。

神奈川県児童福祉施設文化体育協会・野球大会

神奈川県児童福祉施設文化体育協会・野球大会


16チームが出場しての3日間にわたるトーナメント戦が今日始まりました。

トーナメント表

トーナメント表


以前にも書いたとおりですが、フジノの小学生時代からの親友が長い間『春光学園』で働いていました。

だから、児童養護施設『春光学園』にはとても親近感があります。

(大学時代の『社会福祉概論』のレポートでも『春光学園』についてとりあげました)



今年から元巨人軍選手がボランティアでコーチに就任してくれました

さらに今年から『春光学園』野球チームの特別コーチに元巨人軍の山本賢寿くんが就任しているのです!

ホームの真後ろにある解説席みたいな部屋にいるフジノ

ホームの真後ろにある解説席みたいな部屋にいるフジノ


つい先日もランチを食べながら賢寿くんと1時間ほどお話ししたのですが

「こどもたちに野球などのスポーツを通してもっともっと健やかに育ってほしい」

というのが、僕たちの共通の願いです。

学校での部活動や地域でのチームに入っているこどもを除けば、現状では、児童養護施設で暮らしているこどもたちが安心してスポーツに取り組める環境はまだまだ不十分です。

僕たちが大人として政治家として、もっと環境整備をしていかねばなりません。

賢寿くんはそんな想いから、ボランティアとして特別コーチを引き受けてくれているのですね(本当にありがたいです!)。



無念の初戦敗退。来年こそ!

残念ながら、『春光学園チーム』は試合には負けてしまいました。

トーナメント制なので、この夏の大会への挑戦は終わりました。

この写真はスタジアムで行われた第1試合。春光学園チームはグラウンドでの試合でした。

この写真はスタジアムで行われた第1試合。春光学園チームはグラウンドでの試合でした。


たまたま抽選の結果、『春光学園チーム』の第1試合は『スタジアム』では無くて、不入斗の総合公園と同じ感じの『グラウンド(少年野球場)』でした。

もし初戦を突破していたら、明日は『スタジアム』で試合でした。

何とかして『スタジアム』で試合をしてほしかったです。

フジノはとても悔しかったです(涙)

でも、チームのみんなはもっと残念だったろうなあ...。

保土ヶ谷公園内の少年野球場。ここが試合会場でした

保土ヶ谷公園内の少年野球場。ここが試合会場でした


来年こそは、『スタジアム』で試合ができるように、フジノも応援できることをしていきたいです。

児童養護施設のこどもたちの為だけでなく、『スポーツ』は全てのこどもたちにとって大切な存在です。

『ハコモノ』をつくることなどではなくて、もっともっと大切なサポートを政治家として行ないたいです。

地域スポーツを支える指導者不足が全国的に続いていますが、元プロ野球選手である賢寿くんがボランティアでコーチをしてくれているように、素晴らしい人材が熱い想いで応えてくれてこどもたちを支えてくれているという現実もあります。

このような形でのサポートを、フジノは何とかしてすすめていきたいと願っています。

『春光学園チーム』のみんな、ドンマイ!

これからは試合の前だけでなく、定期的に練習ができるようにサポートしていくからね。

賢寿くん、関係者のみなさま、本当におつかれさまでした。
 
これからもどうかよろしくお願いします!

(*我らが上地雄輔くんは毎年この大会にボールを寄附して下さっています。人知れずこうした活動を続けている雄輔くんはとても素晴らしいですね!)



横須賀は「虐待にあったこどもたち」の受け皿の整備が遅れている、と神奈川新聞が指摘/「春光学園」のような施設の整備と同時に、小規模化・里親制度の普及・家庭的な養護の推進と、親子ぐるみのケアをフジノは目指しています

受け皿整備に遅れ、児童虐待対策/神奈川新聞

神奈川新聞では、横須賀市長選挙の特集記事が、本日も連載されています。

2009年6月18日(木)・神奈川新聞より

2009年6月18日(木)・神奈川新聞より


今回とりあげられたテーマである『児童虐待対策』については、雄人(吉田雄人・前市議)もフジノもずっと取り組んできましたので、ものすごく関心を持って読みました。



「こどもたちへの虐待」対策は、最重要の政策です

特にフジノの場合は、この記事でとりあげられている『春光学園』で、小学校からの親友が長い年数にわたって働いてきました。

だから、フジノは大学時代の『社会福祉論』という科目で提出した期末レポートでは、この『春光学園』をとりあげました。

レポート作成にあたっては、戦後引き揚げてきたたくさんの戦災孤児と呼ばれるこどもたち、そのこどもたちを少しでも良い環境で健やかに育ててあげたいと願った社会的養護の先達の取り組み、春光学園の歴史もとても学びました。

その大切さを、痛いほど知っています。

『春光学園』のような施設を『児童養護施設』と呼びますが、今も全国の『児童養護施設』では、フジノの仲間たちが必死に働いています。

本当に激務です。
 
でも、激務でもみんなが歯を食いしばっているのは施設に来ざるをえないこどもたちのことをみんなが愛しているからです。

けれども問題の深さは、施設で働いている僕の仲間たちと同じように僕たち横須賀市民の誰もがこどもたちを愛しているのに
 
同時に、その僕たち『ふつうのどこにでもいる市民』がこどもたちに虐待をしてしまっているのです。



虐待をしている人々も含めたケア、虐待そのものの防止を目指しています

虐待をしてしまっている/してしまった親たちは、僕たちと何も変わらない、同じフツーの横須賀市民です。

それなのに、夫の協力が得られない、周りの目ばかりが気になる、こどもと2人きりで長時間を過ごさざるをえない、育児の孤独感や孤立感などから、どんどん追い込まれて虐待へと向かってしまうのです。

『虐待した人間』だけをただ責めれば解決する問題ではありません。
 
虐待をした人たちもまた人として深く傷ついているのです。

だから、僕たちは親子ともに暮らしやすいまちづくりをこれまで必死になって訴えてきました。

雄人も街頭演説をはじめとする様々な機会に『春光学園』をはじめとする『児童養護施設』について必ず言及します。

もちろんマニフェストにも大切なテーマとして、こどもたちを守り育んでいく決意とその為の取り組みがしっかりと記されています。

何故ならば、僕たち横須賀市民にとってこどもたちは本当に大切な宝物だからです。

明日以降も神奈川新聞の連載がとても気になります!