第16期生40名のみなさま、入学おめでとうございます。命と尊厳を守る為にともに保健医療福祉の世界で頑張っていきましょう!/横須賀市立看護専門学校の入学式へ

横須賀市立看護専門学校、第16期生の入学式へ

今日は、『横須賀市立看護専門学校』の入学式に参加しました。

市立看護専門学校の入学式会場にて

市立看護専門学校の入学式会場にて


『来賓』として招かれたことは1度も無いのですが、2004年4月の開校以来ずっと、フジノは看護専門学校のみなさんを見守り続けてきました。

何故なら、フジノにとって看護師を目指しているみなさまは大切な同志だからです。

第16回横須賀市立看護専門学校入学式の式次第より

第16回横須賀市立看護専門学校入学式の式次第より


これまでもずっとフジノは、2050年まで視野に入れた医療政策について語り続けてきました。

楽観できる未来はありません。

医療ニーズは増加を続ける一方で看護師の不足は続きますし、医療現場の労働環境はそう簡単には改善できないでしょう。

目の前には厳しい現実があり、そして険しい未来が待っている。

それが分かっていてもあえて『看護職』を目指してくれた看護専門学校のみなさんをフジノは同志だと感じています。

このまちの、この国の、保健・医療・福祉を一緒に守っていくみなさんは大切な『同志』です。

だから、その姿を入学から卒業までしっかりと見守っていくことは、政治家フジノの大切な仕事だと考えています。

40名の16期生に「入学許可」が出ました

40名の16期生に「入学許可」が出ました

この2ヶ月間の長い休職中にフジノは家族をひとり亡くしました。

そして、もうひとりの家族はずっと入院していました。

どちらの家族にも、市立看護専門学校の卒業生が看護師として関わってくれました。

患者が政治家の家族だから特に親切にしてくれたとは全く思いません。

長い時間を病棟で過ごしましたが、見る限り、全ての患者さんに対して同じように優しく親切に接して下さっていました。

純粋に『プロ』としての素晴らしい看護だったと心から感謝しています。

政治家として医療政策に取り組んできた政治家としても、患者家族のひとりとしても、市立看護専門学校の卒業生が診てくれているという心強さが確かにありました。

卒業生に心から感謝するとともに、この看護専門学校の存在意義を改めて強く感じたばかりです。



ご入学おめでとうございます。厳しい日々をどうか同期のみなさまとともに乗り越えて下さいね

命を預かる仕事はストレスフルで、その責任の重さはしばしば自らをむしばむことがあります。

学ばねばならない科目は多く、臨地実習が始まれば、座学とは異なる現実に圧倒される瞬間がたくさんあるでしょう。

それでも、その苦しさの何倍もの学びや体験があるはずです。

新たな生命の誕生の奇跡に心をうたれ、命の尊さに涙をすることや、人としての尊厳について迷い悩むこともあるでしょう。

血のつながった家族であってもお見舞いも無いままに何年間も見捨てられたままの方々の存在を療養病床で目にして、家族とは何なのかと憤ることもあるでしょう。

他の職業では決して体験できない、他の人生よりも何倍もの濃い人生を歩んでいくことになると思います。

僕は、そんなみなさまを全力で応援していきます。

上地市長による祝辞

上地市長による祝辞


脅かすようなことばかり書いてしまいましたが、新入生のみなさま、どうか1度きりの学生生活を楽しんで下さい。

素晴らしい先生方・先輩方・地域の保健医療福祉の方々とも、新たな出会いがたくさんあるはずです。

看護の世界に入ると覚悟を決めて今そこに居るのだとしても、こころが折れてしまうこともあるかもしれません。

そんな時は、どうか同期のみなさまにどんどんグチって、相談して下さい。もちろんフジノも相談にのります。

そして、何とか乗り越えてほしいのです。

「職場が離れても同期のみんなとは卒業後も特別な『絆』がある」

と卒業生のみなさんはフジノに話してくれます。

「在校生歓迎のことば」と「新入生誓いのことば」

「在校生歓迎のことば」と「新入生誓いのことば」


16期生のみなさん、これから3年間フジノも見守り続けていきます。

『戴帽式』にも『卒業式』にもお邪魔します。

でも、いつでも困ったことがあれば本当にご連絡下さい。歴代の看護学生のみなさんとは、たくさんの機会に語り合ってきました。

そして、卒業して看護師として働きはじめてからも意見交換を続けています。

ぜひこれからみなさんとともに、人々の命と暮らしを守り、尊厳を守る為に、一緒に働いていきたいです。

今回も在校生よりも大声で歌ってきました。歌詞もメロも暗記してます

今回も在校生よりも大声で歌ってきました。歌詞もメロも暗記してます


本日は、16期生のみなさま、入学おめでとうございます。



うわまち病院の移転建て替えの不正確な情報や誤解について説明します/「看護専門学校の敷地を使って高層ビルでうわまち病院を建て替えれば良い」とのご意見について

うわまち病院の現地建て替えを願う方々の「誤解」について説明を続けています

8月31日に一般質問を行なってからほぼ毎日、うわまち病院を現地で建て替えたいという想いを持つたくさんの方々と意見交換をしてきました。

そもそもフジノと上地市長は、移転を繰り返し主張する会派(研政など)が複数あった市議会の中で、たった2人きりで『現地建て替え』を訴えてきました。

医療を提供する上で交通至便であること、医療従事者のみなさまにとっても好立地であること、津波災害などに強い防災拠点病院としての位置づけ、130年に及ぶ長年の歴史、地域経済への波及、など様々な観点から「移転はありえない」と訴えてきました。

市議会議員と市長と今でこそ立場は変わりましたが、僕たちは2人とも現地で建て替えられないことを心から悲しんでいますし、内心忸怩たる想いです。

だから、移転に反対しておられる方々のお気持ちや、時に厳しい非難のお声も、とても切ない気持ちでお聞きしています。

ただ、もう『市長』という立場になった今、上地さんには議員時代のようには発言できません。

何故ならば、行政の最高責任者だからです。影響力が大きすぎるからです。

しかし僕は違います。無会派でひとりきりで活動しているいち市議に過ぎないフジノは、今も自由に発言ができます。

何かを発言しても、フジノひとりの責任です。

だから、上地市長や行政のみなさんが発言しづらいことは、フジノが責任をもってご説明したいと思います。

そもそも6年前に、うわまち病院の建て替えを提案したのはフジノであり、建て替えの責任者だと自覚しています。

しばしば市民の方々からは

「あらかじめ移転が決まっていて、後付で『できない理由』ばかりあげるな」

とお叱りをいただきますが、それは完全な誤解です。

現地建て替え派だったフジノは、「なんとかして現地で建て替えができないか」というシミュレーションをたくさん行なってもらいました。

今、市民説明会などでお話をしている内容というのは、みなさまと同じように「なんとかして現地で建て替えができないか」を一生懸命探してシミュレーションした結果をお伝えしているのです。

フジノも、市長はじめ行政の職員のみなさんたちも、『できない理由』を喜んで説明しているのではありません。

つまり、現地で建て替えができる方法を必死に探したけれど、いろいろな法的規制などによってダメだという結論に至ってしまった。そのフジノたちの追体験をしていただいているのです。

国の政治が悪いことが多くて政治そのものへの不信があるのは分かります。

けれども、命を守る為のこのまちの大切な病院を、あなたと同じくこのまちに暮らしているひとりの人間として全力で守ろうとしているのです。

どうか、政治や行政へのイメージから来る不信感や、決めつけで耳を閉ざさないでほしいのです。

誤った情報や噂話などの雑音に耳を貸すのではなくて、正確な情報や医療需要の変化など現実が大きく変化していることをご理解いただきたいのです。

少なくともフジノはこのまちで死ぬまで暮らしていくひとりとして、全身全霊を賭けて、2025年の新病院オープンを絶対に実現させる覚悟です。



「看護学校をどこかに移転して、その敷地を使って建て替えをすれば良いじゃないか」とのご意見について

今日のブログ記事では、しばしば頂くご意見のうち、

  • うわまち病院の隣にある市立看護専門学校をどこかへ移転して、その跡地に新病棟を建てれば良いじゃないか

というご提案にお答えしたいと思います。

看護専門学校と、うわまち病院(特に老朽化が激しい外来棟・本館部分)

看護専門学校と、うわまち病院(特に老朽化が激しい外来棟・本館部分)


分かりやすさを大切にする為に、詳細な点はカットして説明します。

移転後の新病院は、全てを新しくする訳です。

しかし、ここでは市民の方からのご意見にしたがって、

「あくまでも『最も老朽化が進んでいる2つの建物』だけを建て替えれば良い」

との仮定のお話をします。

特に老朽化が激しい建物のべ床面積
外来棟4477㎡
本館7312㎡
合計1万1789㎡

この2つの建物を壊して、最先端の技術を使って高層ビル型の新病棟に建て替えてはどうか、とのご意見をいただくことが本当に多くあります。

提案されている建物のべ床面積
旧看護師宿舎683㎡
市立看護専門学校3067㎡
合計3690㎡

一方、その建て替えの土地としては、旧看護師宿舎を壊して、(少し乱暴で納得できないのですが)市立看護専門学校を移転させてしまえば良いと言われます。

確かに、地図の図面だけでご覧になると、土地の広さは同じくらいに見えると思います。

ですから、市民の方々がこうしたご意見をおっしゃることは個人的にはよく理解できます。



残念ながら不可能な3つの理由/第1の理由:「開発行為にあたる」ので道路拡幅が必要です

仮に、『旧看護師宿舎+市立看護専門学校』を更地にしたとします。

そして、先行して『外来棟+本館』だけをその更地に建設をするとします。

2つの建物の間には、赤い線を引きましたが、これは『法律上の境界線』でそれぞれの土地の用途も定められています。

土地用途
旧看護師宿舎+市立看護専門学校』学校
外来棟+本館病院

学校の建物を解体するのも、病院の建物を『解体』することそのものは『開発行為』にはあたりません。できます。

『開発行為』にあたると、現在は約5m幅しかない進入路を15mに広げなければなりません(9mではありません)。

仮に建物を『解体』できたとしても、実は不可能な理由があります。

学校用地を病院用地に変更するのは「開発行為」です

学校用地を病院用地に変更するのは「開発行為」です


今は『法的な境界線』によって2つの用途(学校と病院)に分かれている訳です。

この『学校』を廃止して『病院』に用途を変更することは、法律的に開発行為にあたってしまうのです。

あくまでも図面で手続きをするだけのことなのですが、その時点でそれは開発行為に該当します。

学校の土地を病院に用途を変更することは開発行為に該当する

=進入路を15mに拡幅しなければならない

=拡幅には10年以上かかる

=医療ニーズが一気に高まる2025年の新病院スタートにまにあわない

=看護学校の土地を使った新病院建設はムリ

なのです。。。



第2の理由:看護学校のまわりはレッドゾーン指定の見込みが高く防災対策(=開発行為)が必要

第2の理由は、看護専門学校の敷地は崖地がぐるりと取り囲んでいることです。

どうか思い出して下さい。そもそも現地で建て替えができない理由は、うわまち病院のまわりがぐるりと崖に囲まれているからです。

その崖は今イエローゾーン指定をされていますが、県が現在指定を進めているレッドゾーンにほぼ全域が指定される見込みです。

レッドゾーンに指定された場合は、徹底した防災対策工事が必要となります。

防災対策工事を行なうには、進入路の拡幅が必要です。進入路の拡幅には10年以上がかかり、医療ニーズの高まりに応えられなくなってしまいます。

看護専門学校がまわりには崖地(レッドゾーン指定見込み)がぐるり取り囲んでいます

看護専門学校がまわりには崖地(レッドゾーン指定見込み)がぐるり取り囲んでいます


看護専門学校の敷地のまわりにも、レッドゾーンに指定される見込みの崖地に取り囲まれています。

ですから、現地建て替えができな理由と全く同じ理由で、たとえ看護専門学校の敷地を使おうとしても、それは不可能なのです。



第3の理由:日照権(日影)の問題で高い建物はまず不可能です

第3の理由は、今日は時間の都合で書けません。

けれども、とても大切な事柄なので後日改めて丁寧に記したいと思います。

それは、『高度制限』と『日照権』の問題です。

上町地区は、下の画像のとおりで、2004年以降、緑色のゾーンには15m以上の建物は建てられなくなりました

2004年以降、15m以上の建物は緑色ゾーンには建てられなくなりました

2004年以降、15m以上の建物は緑色ゾーンには建てられなくなりました


2004年よりも前に建てられたものはさかのぼって取り壊すということはありません。

けれども今、この地域に15m以上の建物を建てるのは基本的に不可能なのです。

あくまでも空想の世界になるのですが・・・

仮に「どうしても公益性が高いから看護専門学校の敷地に、外来棟と本館の機能を持ち、1ベッドあたり8〜9㎡以上の最新の医療機能のある建物を高層ビルで作れ」ということになったとします。

15m以上の建物を建てられない上町地区で、あえてこのような『特例』を認めるか否かは、『建築審査会』で議論をすることになります。

建築審査会

建築審査会


しかし、新たに15m以上の建物を建てる『特例』を認めるには、高層ビルによって日陰になる全ての家屋にお住まいの方々の日照権の問題があります。

確実に、日影ができます。

1日の大半が日影になるような状況を、病院建て替えで作る高層ビルの為に『受認』して下さる市民の方々はいらっしゃるでしょうか。

そもそも『受認』できない方々がおられれば、『建築審査会』に特例を求めるテーマとしてかける自体がとても難しくなります。

「やってみなければ分からない」

というご意見もしばしば移転反対を訴える方々から伺いますが、本当にそうでしょうか?

今まで毎日太陽があたって暮らせていたのが、看護学校の敷地にあえて高層ビルを建てることで現地建て替えをするというムリな条件の為に、全員が『受認』して下さるでしょうか。

フジノは、かつて実家が日照権のトラブルに巻き込まれたことがあります。毎日、太陽が当たっていた暮らしはいくらお金を積まれたとしても手放したくありませんでした。

つまり、フジノの結論としては、そもそも第1・第2の理由で現実的に不可能だけれども、さらに日照権の問題を考えれば移転建て替えを上回る公益性は『看護学校の敷地を使っての高層ビル構想』には無いと考えています。

以上の3つの理由から看護学校の敷地を使っての高層ビル高層は、不可能なのです。

本当に申し訳なく感じています。

繰り返しになりますが、フジノにできることは上町のみなさまに移転はしたけれども2025年オープンの新病院が完成して良かったと感じていただける最高の病院を作ることです。

そして、跡地の再開発を上町のみなさんの声をお聞きしながらより良いものにしていくことです。

その為に、これからも全身全霊を賭けて取り組んでまいります。



卒業生のみなさま、おめでとうございます/横須賀市立看護専門学校卒業式へ

横須賀市立看護専門学校の卒業式が、早くも第10回を迎えました

本日は素晴らしい青空の下、横須賀市立看護専門学校の卒業式が開かれました。

卒業式にて

卒業式にて


開校前から立ち会ってきた市議の1人として、2004年4月の開校からついに10回目の卒業生を送り出すことができたことに感慨を抱きます。

卒業式の式次第

卒業式の式次第


かつて第1期の学生さんたちとはいろいろな意見交換をたくさんしました。

看護師として働く今でもつながりがあって、医療現場のお話を聞かせていただくこともあります。学生時代には臨地実習のストレスで泣きそうだった方をはじめ(本当にみなさん頑張っていました)、今ではみなさん、病院の中で一定の職責を担うようになっていて僕はとても誇りに感じています。

また、卒業生のうち看護師を離職された方とも今もつながりがあります。

送り出した側の人間として、卒業生のみなさんのその後もずっと見守り続けてきました。

その後も学生の方々とも、何人も親しい生徒が居た期があったり、どなたとも全くご縁の無い期もあったりしながらも、いつも関心を持って現在進行形の看護専門学校を見守っています。

校歌を歌う卒業生・在校生の皆さん

校歌を歌う卒業生・在校生の皆さん


『看護師』という職種が全国で不足している中、横須賀も残念ながら慢性的に人材が足りていません。横須賀だけでも約200名の看護師不足の現状があります。

この市立看護専門学校も、『市内医療機関に質の高い看護師を確保する』という政策的な目的があってスタートしました。

国家試験も毎年100%合格という高いハードルが伝統になっていて、学生のみなさんのハードな勉強・実習には本当に頭が下がります。

今年の卒業生28名のうち、27名が市内で就職をして下さるとのことです(1名は進学です。より高い専門性を究めることもとても大切なことで応援したいです)。本当にありがとうございます。

一人ずつ名前が呼ばれて、卒業証書が授与されました

一人ずつ名前が呼ばれて、卒業証書が授与されました


卒業式では、まず校歌を全員が起立して歌いました。

卒業生にとって、こうして一堂に会して母校の校歌を歌うのはこれが最後かもしれません(次は将来の同窓会?)。フジノは歌詞もメロディも憶えているので一緒に歌いました。

卒業証書がお一人おひとりに授与されました。おめでとうございます!

これから卒業生のみなさまが看護師として働いていく道は、険しい道です。それは臨地実習での体験とは比べ物にならないことばかりだと思います。

そして、その大半の原因はあなたがたの責任では無くて、政治・行政が原因で起こっているものです。

患者様と接していて制度の不備などに気付いて「もっと政治がしっかりしてくれたらいいのに!」と感じることも多いと思います。

国の医療政策のもとで市にできることは限られているとはいえ、僕はみなさんを看護の世界に送り出した1人として政治の場で全力を尽くしてみなさんの心身の健康や働く環境が守られるように活動を続けていきます。

みなさんが今この瞬間も市内外のあらゆる保健医療福祉の現場で働いていることを、フジノは絶対に片時も忘れません。

あなたがたがいなければ、保健医療福祉は回っていきません。

だから、いつでも現場の声をフジノにぶつけてください。

看護の現場と政治と立つ位置は違いますが、同じ想いを持つ仲間だと信じていて下さい。

どうかこれからも一緒にがんばっていきましょうね。

本日はご卒業おめでとうございました。

先生方も毎日本当に熱心に指導にあたってくださってありがとうございました。

臨地実習を受けて下さった関係諸機関のみなさま、ありがとうございました。

卒業生のみなさま、看護専門学校卒業生の誇りを忘れないで居て下さいね。

ご卒業おめでとうございました!



第12期生40名のみなさま、入学おめでとうございます。保健医療福祉の世界で一緒に頑張っていきましょう!/横須賀市立看護専門学校の入学式へ

市立看護専門学校、第12期生の入学式へ

今日は、『横須賀市立看護専門学校』の入学式に参加しました。

市立看護専門学校の入学式会場にて

市立看護専門学校の入学式会場にて


『来賓』として招かれている訳でも何でも無いのですが、2004年4月の開校以来ずっと、フジノは看護専門学校のみなさんを見守り続けてきました。

看護専門学校の入学式の式次第より

看護専門学校の入学式の式次第より


何故なら、目の前には厳しい現実があり、そして険しい未来が待っている中で、あえて『看護職』を目指す方々をフジノは同志としてこころから歓迎したいからです。

保健・医療・福祉をこれから一緒に守っていく同志のみなさんを、入学から卒業までしっかりと見守っていくことは政治家としてフジノの大切な仕事だと考えています。

そうした想いから、学びやすい環境を作る為に市議会でも看護専門学校の環境改善をたびたび提案してきました。



今、そして将来にわたってこの国で最も必要な職業人は「保健・医療・福祉」に携わる人々です

すでに現在も、そして将来も、どれほど甘く推計をしても、保健・医療・福祉を取り巻く社会状況は極めて困難です。

2014年10月現在に28%を超えたこのまちの『高齢化率』。

5年後の2020年には30%を超えます。その時、このまちの人口は39万7700人まで減少します。

学校長から、第12期生40名に「入学許可」が出されました

学校長から、第12期生40名に「入学許可」が出されました


人口は減っていく一方で『高齢化率』が上昇し続ける。

つまり、高齢の方々の絶対数がすさまじく増えるという意味です。

亡くなる人の数も圧倒的に増加します。

2013年に約4,600人だった1年間の死亡者数は、20年後には約6,500人へと急速に増え続けていきます。

フジノはこれを『超高齢・多死社会』と呼んでいます。

このような横須賀では、保健・医療・福祉の人材が他のどの職業よりも求められています。

保健・医療・福祉の新たな人材を育てていくとともに、長く仕事を続けてもらえる労働環境を作り、退職された方々には復職していただける魅力ある研修システムと雇用労働環境を充実させることが必要です。

政治・行政は、その為に全力を尽くさねばなりません。

12年前、横須賀市があえて市立の看護専門学校を新たに立ち上げたのは、そうした社会に対応する為の取り組みの1つです。



中でも『看護師』は『地域包括ケア』の実現・障がいのある方々の地域生活の為に、超重要な職種です

市立看護専門学校の入学金・学費は、一般の看護専門学校や看護大学と比べて、とても低額です。

つまり、看護師を育成する為に、あえて市税を投入しているのです。

市長のあいさつは、健康部長が代読しました

市長のあいさつは、健康部長が代読しました


もはや、『病院の時代』ではありません。

国の政策として総合病院のベット数は削減されていき、足りなくなる一方です。

かわりに、『地域包括ケア』という新たなシステムを日本全体で実現させようと必死に取り組んできました。

横須賀市議会でもフジノは『地域包括ケア』実現に最も力を入れてきた1人です。

地域包括ケアとは、『誰もが住み慣れた地域で、亡くなるその瞬間まで元気に暮らし続けられる為の仕組みづくり』です。

この『地域包括ケア』を実現する為に、看護師のみなさんの役割は極めて大きいです。

病院の中での仕事も重要ですが、『訪問看護ステーション』や『在宅療養支援診療所』で働く看護師はまだまだ少なく、もっと増えていかねばなりません。

また、特別養護老人ホーム・老健・グループホームなどにも、もっともっと多くの看護師の方々が働いていただかねばなりません。

そして、障がいのある方々が誰でも地域で安心して暮らしていかれるようになる為にも、看護師のみなさんの存在が不可欠です。

障がいのある方々の入所施設には、看護師のみなさんがいなければそもそも運営できません。

保健・医療・福祉には、あらゆる職種が存在しています。

その中でも特にフジノは「『看護職』を最重要な職種だ」と受け止めています。

このような想いから、市立看護専門学校のみなさまの入学にはこころから感謝しています。お祝いの気持ちよりも先に、「戦友が増えてくれる」という感謝の気持ちがとても強いです。



ご入学おめでとうございます。厳しい日々をどうか同期のみなさまとともに乗り越えて下さいね

そんな政治家フジノの想いとはカンケーなく、新入生のみなさまには学生生活をぜひ楽しんでほしいと願っています。

学ばねばならない科目は多く、臨地実習が始まれば、座学とは異なる圧倒的な現実の前に毎日多くの学びがあるはずです。

先生方、先輩方、地域の保健医療福祉の方々とも、新たな出会いがたくさんあるはずです。

校歌を歌うみなさん。フジノも完璧に歌えます。

校歌を歌うみなさん。フジノも完璧に歌えます。


また、苦しいこともたくさん待ち受けていることでしょう。

看護の世界に入ると覚悟を決めていたとしても、その覚悟を上回る現実に直面した時、こころが折れてしまうこともあるかもしれません。

そんな時は、どうか同期のみなさまにどんどんグチって、相談して、何とか乗り越えてほしいのです。

同じ立場の同期生のみなさんは、卒業して就職しても特別な絆があると卒業生のみなさんはフジノに話してくれます。

これから3年間、フジノも見守り続けています。いつでも困ったことがあれば、ご連絡下さい。

これまでも看護学生のみなさんとは、たくさんの機会に語り合ってきました。

卒業をして仕事についた後も、意見交換を続けています。

ぜひこのまちの人々の為に、一緒に働いていきたいです。

本日は、入学おめでとうございました。



横須賀市立看護専門学校の戴帽式(第10回)へ

看護学生の大切な節目としての「戴帽式」へ

今年も横須賀市立看護専門学校『戴帽式』に参加しました。

「戴帽式とは何か」という説明はこちらをご覧下さいね。

会場にて

戴帽式の会場にて


2004年の開校から、早くも10回目の『戴帽式』を迎えました。

この『戴帽式』を終えた40名の生徒のみなさんは、本格的に『臨地実習』へ進んでいくことになります。

今ではナースキャップそのものは大半の医療機関で廃止されましたが、象徴的な意味合いがあります

今ではナースキャップそのものは大半の医療機関で廃止されましたが、象徴的な意味合いがあります



戴帽式に列席するたびに保健医療福祉への想いを新たにします

フジノは毎年参加させていただいているのですが、列席するたびに自分自身の中にも『新たな決意』が沸き起こるのを感じます。

ナースキャップを授けられます

ナースキャップを授けられます


特に今回は、『上級生の言葉』を聴いて深く感動しました。

聖火伝達

聖火伝達


上級生の方が自らが『臨地実習』で感じたことを話してくれました。

産婦人科の実習では、お産に立ち会わせてもらったそうです。生まれてきたばかりの赤ちゃんが一生懸命生きていこうとする姿を目の当たりにしたそうです。

産婦人科の実習では出産の現場に立ち会ったそうです

産婦人科の実習では出産の現場に立ち会ったそうです


さらに、終末期ケアの実習では、看取りの現場も訪れたそうです。お産の現場とは全く違う空気感に包まれながらの実習だったことと思います。

終末期ケアの実習も。

終末期ケアの実習も。


『上級生の言葉』を通して、看護の仕事の領域はとても広くて、新しい命が生まれる瞬間から人生の最期のその瞬間まであらゆる場面において関わりがあるということをフジノは再認識しました。

人が生まれてから死ぬまでの全てに関わる仕事という意味ではフジノたち政治家も同じですが、政策・制度面での人生に対する関わりと、臨床現場での関わりとではその密度の濃さは大きく異なります。

40名の生徒たちが想いの火を受け継ぎました

40名の生徒たちが想いの火を受け継ぎました


看護師という職種の責任の重さを改めて痛感させられると共に、看護人材の不足という現実や待遇面での厳しさや労働環境の劣悪さをフジノたち政治家が一刻も早く改善しなければならないと再度決意を新たにしました。



10期生のみなさん、おめでとうございます

10期生のみなさん、今日は戴帽式おめでとうございました。

花束贈呈

花束贈呈

これからみなさんが看護職としての誇りをもって働いていかれるように、政治・行政の立場からできる限りの制度改正や環境改善を行なっていくことをフジノは約束します。

もちろん一朝一夕には社会保障を取り巻く状況は改善されませんし、今現在議論が行なわれている診療報酬改定も決して多くの立場の方々の理解を得られるような状況にはありません。

それでも、いのちを守り、人々の尊厳ある生を守り、献身的に働いていく看護職のみなさんをしっかりとサポートしていくことが、市民のみなさまの健康と暮らしを守ることなのだとしっかりと認識して、覚悟を持って保健医療福祉を守っていきます。

そして、10期生の保護者のみなさん、市立看護専門学校の先生方、臨地実習先の病院・施設のみなさま、どうか学生たちのことを暖かく厳しく見守っていって下さいね。

どうかよろしくお願いします!



神奈川新聞の特集「2013横須賀市長選」、吉田雄人市長

神奈川新聞が「2013横須賀市長選挙」特集

神奈川新聞が3回連続で『横須賀市長選挙』の特集記事を掲載しました。

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第1回目は、吉田雄人市長でした。

2013年5月21日・神奈川新聞より

2013年5月21日・神奈川新聞より

以下、引用です。

吉田雄人氏、「変革の浸透」道半ば

任期満了に伴う横須賀市長選は6月23日の告示まで約1カ月となった。

現在、表明順に現職1期目の吉田雄人(37)、前副市長の広川さとみ(61)市民団体元代表の岸牧子(56)の3氏が名乗りを上げている。

それぞれの現在の活動を報告する。

5月3日。横須宣市長、吉田雄人の政策公約(マニフェスト)の検証会が、市内で開かれていた。

2009年の初当選時に吉田が掲げた公約の外部評価は、3カ年度で「75.7点」。

『評価委員会』は「ぎりぎり及第点」と評価した。

だが壇上の吉田は、自らの任期に対する市民アンケート結果に思わずつぶやいた。

「...厳しい結論ですね」

「吉田市長が横須賀のリーダーになって市政の変化はあったか」との問いには「あった」「多少あった」が過半数。

横須賀青年会議所が行なった市民アンケート結果

横須賀青年会議所が行なった市民アンケート結果


だが「この4年、市政に満足しているか」には、「どちらでもない」「いいえ」が半数を超えた。

横須賀青年会議所が行なった市民アンケート結果

横須賀青年会議所が行なった市民アンケート結果


『評価委員会』は講評した。

「市民にとっては期待が大きかっただけに、今の結果には納得していないということだろう」

吉田は市議会議員を経て「チェンジ」をスローガンに前回の市長選に出馬。

大きな支持組織を持たずに、議会主要会派の推す前市長を破った。就任後の今も、公務の合間に駅頭に立つ。

「1期目では変化がなかなか実感できないかもしれないが、課題解決の土壌づくりは進んだ。これから芽が出る」。

18日、交流のある小田原市長の加藤憲一が吉田のわきに立ち、声を張り上げた。

吉田自身は1期目の実績の筆頭に、財政健全化への政策を挙げることが多い。

『財政基本計画』(3カ年)を策定して経費節減や債務返済の目標を設け、全会計の債務残高を就任時から100億円あまり減らしたとしている。

任期中には4件の企業誘致が実現。児童養護施設なども整備された。

だが一方で吉田は、ささくれだった議会との関係を1期目で改善することができなかった。

任期中に編成された計4力年度の当初予算案も、議会の修正を受けなかったの東日本大震災発生と重なった11年度分だけだ。

13年度予算では横須賀美術館(同市鴨居)の新企画や谷戸地域の居住促進といった目玉事業の投資が、政策効果への疑念などを理由に削られた。

市議時代にも任期の多くを無会派で過ごした吉田に対し、議会からは「重要な政策実現に向けた各会派への働きかけを市長自身でやろうとしない」(保守系会派)との不満の声が上がる。

吉田は17日、記者団との会見で「市長の場合、反対意見が意見が必ずある中で物事を進めなければならない」と、組織運営を重視する考えを示した。

「1期目では細かく”吉田カラー”を出せるようにしたが、今回は職員の考えを引き出せるものをつくる」。

今回の市長選では、政策集を示す方針だが、数値目標や財源、達成時期を盛り込むマニフェストは掲げない方針だ。

=敬称略

【略歴】
1975年生まれ。早大卒。コンサルティング会社、市議を経て市長。

【市長選で掲げる主な政策】

  • 中心市街地の再生と財政再建
  • 小児医療費無料の対象拡大、全小学校区での学童クラブ開設
  • 自治基本条例の制定

(高橋融生)

議案の否決は当然。否決されたのは、吉田市長のマニフェスト違反が原因

ところで、この記事では、市議会が予算案や議案を否決したことが重視されています。

記者の方はきっと「吉田市長と横須賀市議会の『対立』の構図を描きたい」のだと思います。

でも、それは違います。

否決したのは『対立』しているからではありません。

否決したのは『当然のこと』だからです。

もともと議会の役割とは、提案された予算案や議案をしっかりと議論して、問題があれば修正したり否決することです。

市議会はこの『正しい行動』を取っただけです。

例えば、吉田市長の提案が初めて否決されたのは、2009年12月14日のことです。

2009年12月8日・朝日新聞より

2009年12月8日・朝日新聞より


吉田市長は「市立看護専門学校の授業料を『値上げ』する」という議案を出してきました。

これを、市議会は否決しました。

フジノも反対票を投じました。

この詳しい経緯は、過去のフジノの活動日記(2009年12月7日分、2009年12月9日分)をご覧下さい。

看護師が圧倒的に不足している現状で、1人でも多くの看護師を育成する為に創立されました。

そして、市立看護専門学校では、優秀な学生さんたちが経済的なことで悩むことがないように、より安い授業料で運営されてきました。

自らマニフェストで「看護師の人材不足を解消する」ことを訴えておきながら、吉田市長は市立看護専門学校の授業料を「値上げ」する議案を出してきたのです。

これを横須賀市議会が否決したのは、全く正しい判断です。

吉田市長と市議会の『不毛な対立』などとはカンケーありません。

このまちの看護師は今も圧倒的に不足しています。

病院の現場だけでなく、訪問看護ステーションにも、特別養護老人ホームにも看護師は必要で、ますます人材が必要になります。

フジノはずっと市立看護専門学校の『学生の定員数』を増やしたり、『夜間部を設置』したり、『一度退職された看護師の方々の現場復帰の為の研修』を実施すべきだと提案しています。

それにも関わらず、吉田市長はこうした提案を拒否しています。

授業料を値上げし、かつ、看護師育成の提案を拒否しているのが吉田市長です。

2025年問題に直面する市民のみなさまのことを考えれば、横須賀市議会が反対するのは、当然の『合理的な判断』でした。

そして、この議案の他にもいくつも否決や修正されたものがありますが、その全てにおいて否決・修正の理由は、市民のみなさまの暮らしを守る為でした。

吉田市長の思いつきのアイディアや、広告代理店の口車に乗せられて、効果も見込めないことが分かっているのに大切な税金が浪費されてしまうのを、市議会が拒否したのです。

「感情論」では反対しない。全ては「政策」で判断しています

小泉純一郎元総理が総理になった頃から、政治家はなにかにつけて『敵』を仕立てあげて、自分のことを『抵抗勢力』と闘う『正義の味方』に見せる、という手法が取られてきました。

多くの市民のみなさまはそれを鵜呑みにしてしまい、『正義の市長VS悪の政治屋=市議会』だと思い込まされています。

けれども、現実は違います。

市議会は『抵抗勢力』ではないし、吉田市長は『正義の味方』ではありません。

そんな対立構造に仕立てあげられることがフジノは大キライです。

いつもいつだって、フジノはどの1つの議案に対しても、何日も徹夜して調べて、血尿が出るほど悩み抜いた末に、市民のみなさまにとって「賛成」「反対」「修正」などのどの結論を取ることが最も良いことなのかを判断しています。

横須賀市立看護専門学校の戴帽式(第9回)へ

戴帽式へ

今日は、横須賀市立看護専門学校『戴帽式』に参加しました。

「『戴帽式』って何だろう?」という方はぜひこちらをご覧ください。

ひとことで言うならば、看護学生のみなさんが初めてナースキャップを授かる儀式です。この日を境に実習も本格化していく、大きな節目となる日です。

看護専門学校の戴帽式

文化会館で開かれた戴帽式に参加しました


市立看護専門学校が2004年に開校してから、今年で9回目となった『戴帽式』。

毎年参加していてもこの場に立ち会うと、感動します。そして同時に、僕自身の気持ちがとても引き締まるのを感じます。

開式直前の様子


クラシック音楽が静かに流れる中を、名前を呼ばれた戴帽生たちが1人ずつステージへと上がっていきます。そして、ナースキャップを授かります。

ナースキャップを授かります


頭に載せてもらったナースキャップを固定する為に、後ろから先生にピンで留めてもらいます。それが終わると、「留め終わったよ」という合図の意味で、先生が戴帽生の両肩をポンと叩いてあげます。戴帽生はステージを降りる為に一歩前に進みます。

それは同時に、新しい道へと歩みだした看護師の卵である戴帽生たちを、看護師の先輩である先生方が背中を押してあげている姿にフジノには見えました。

「ようこそ、看護の世界へ。これから一緒にがんばっていきましょうね」と。




続いて、『聖火伝達の儀』です。

ナイチンゲール像から、聖火を受け継ぎます。


1人ずつろうそく台を持って前へ進み、ナイチンゲール像から聖火を灯します。やがて全員が整列して、『誓詞』を唱和するのですね。

 

この『誓いの言葉』が戴帽生一同によって述べられました。

『誓詞』

私達9期生は、豊かな感性と思いやりの心で、信頼される看護を行います。

出会うすべての人との関わりを大切にし、共に歩み行く仲間と成長します。

看護の道を志す者として、初心を忘れず 誠心誠意学び続けます。

そして、大いなる誇りと使命感を胸に、生命の尊さを感じ、笑顔を絶やさないことをこの灯に誓います。

9期生一同

 

40名の戴帽生たちが看護の道をさらに歩みだした瞬間でした。

 

自席に戻る為に戴帽生たちがろうそくを持って、暗いホールの中を静かに歩いていきます。

その姿を観ながら、ふと思いました。

「きっと、ナイチンゲールが従事したクリミア戦争もこんなだったのではないだろうか」「こうしてろうそくを灯しながら負傷した兵士たちを看病してまわったのではないか」と。

 

ウィキペディアを見たところ、実際にナイチンゲールはクリミア戦争での看護活動の間、夜回りを欠かさなかったことから『ランプの貴婦人』とも呼ばれたそうです。

時代は変わって、医療も大きく進化して、看護師に求められる役割も大きく変わりました。

けれども、看護師を志す人々の尊い想いは、ナイチンゲールの時代から今に至るまで決して変わることは無いのだろうなと僕は思います。

傷ついたり、病んでいる時に、看護師の方々の献身的な姿に強く励まされた方はとても多いはず。その姿に力をもらって、人々はリカバリーをしていくのだと思います。

看護師という仕事は、有難い、尊い仕事だと思います。

戴帽生のみなさんへ。

あまりにもすさまじい勢いで進む超高齢社会において、医師不足・看護師不足はとても深刻です。

社会からこれほど求められている職業であるにも関わらず、労働条件は大変に厳しく、疲弊して辞めていく方もとても多いのが現実です。

これから歩んでいく道がそんな険しいものであることを知りながらも、それでもみなさんが看護の道を志して下さったことに、こころから敬意を表します。

みなさんの尊い想いを支えるべく、政治・行政の立場からもしっかり取り組んでいきたいです。

本日は、本当におめでとうございます。