ラスト2日!井坂しんや県議候補が雨の横須賀中央駅前で政策を訴えました/神奈川県議会議員選挙(8日目)

神奈川を変えよう。井坂しんや候補と一緒に!

神奈川を変えよう。井坂しんや候補と一緒に!



雨の中、井坂しんや候補が政策を訴えました

今夜は、雨が強く降リ続く横須賀中央駅前にて、井坂しんや県議候補が政策を訴えました。

クルマの中からの声援に手をふる井坂しんや候補

クルマの中からの声援に手をふる井坂しんや候補


井坂しんや候補は、決してパフォーマンスに走ること無く、ひたすら愚直に『政策』を訴え続けました。

その後ろ姿をフジノはツイキャスでインターネット生中継しながら、改めて「この人に県議会で働いてほしい」と感じました。

実際、多くの方々が離れたところから傘をさしたまま立ち止まり、井坂候補の演説に耳を傾けていました。



井坂しんや候補を応援するみなさんで「マイクリレー」をしました

今日は、井坂しんや候補を応援するいろいろな立場の方に演説をしてもらう『マイクリレー』をしたのですが、これがとても良かったです。

フジノだけでなく、応援してくださっているあらゆる立場の方々に応援の演説をしていただきました。

(動画その1)



(動画その2)



大津高校バスケ部時代の後輩Iさんによる応援演説

大津高校バスケ部時代の後輩Iさんによる応援演説


こういうのって、とても良いことだと思います!

感触はどんどん良くなっています。

今日も「期日前投票で井坂さんに入れてきたよ!」というお声を何人もの方々から頂きました。

明日でついにラスト!最後の最後までがんばります!



フジノからは「中学校給食の導入が何故必要なのか」を強く訴えました

(*3分30秒くらいからフジノの応援演説です。途中で映像が切れてしまい、終わります)



お詫び:フジノの認識に誤りがございました。亀井県議、申し訳ございません!

今日たまたまお話していた市民の方から

「今回の県議選の候補者で、40代の人は井坂さんだけだねぇ」

と話しかけられて、フジノはそれを鵜呑みにしてしまいました。

そして今夜の街頭での声かけの中で

「県議候補では唯一の40代」

と井坂しんや候補のことをご紹介してしまいました。

しかし、帰宅後調べてみると、亀井たかつぐ県議が48才で、つまり40代の候補者はお二人でした。

亀井たかつぐ候補とその支援者のみなさま、そして誤った情報をお伝えしてしまった通行人のみなさまに、こころからお詫びいたします。

これは全てフジノひとりのミスで、井坂しんや候補には全く責任はございません。

したがいまして、どうかご批判はフジノのみにお願い致します。大変申し訳ございませんでした。



井坂しんやさんを応援するフェイスブックページとツイッターを始めました/第2回「井坂サポーターズ・ミーティング」行ないました

第2回サポーターズ・ミーティングを行ないました

先週に続いて、今夜も井坂しんやさんを応援する同級生や友達やフジノら『勝手連』が集まりました。

お忙しいのに井坂さんをまたもお招きしてしまいました

お忙しいのに井坂さんをまたもお招きしてしまいました


年齢もバラバラ、職業もバラバラ。

前回は参加者が男性だけだったのですが、今回から女性も参加して下さいました。

人数も前回は10名だったのが、今回は15名にアップ!

いろいろなことが駆け足で決まっています。とても楽しみです!



フジノは当面のあいだ「広報」を担当します

参加者のみなさまがそれぞれに得意分野で、いろいろなアイディアを担当して下さっています。

フジノは、自然気胸のせいで今は肺に穴があいていて、あまり外出ができません。

そこで、フェイスブックページの作成やツイッターでの情報発信などの『広報』を当面担当することになりました。

55ISAKA!フェイスブックページ

55ISAKA!フェイスブックページ


さっそく作りました、フェイスブックページ!

1週間で「100いいね!」を目指しています。ぜひこちらにアクセスしてみてくださいね!

そして、ツイッターアカウントも作りましたよー!

55ISAKA!ツイッター

55ISAKA!ツイッター


こちらもぜひフォローして下さいね!

立ち上げはフジノが担当しましたが、これからは参加者のみなさまが投稿できるようにぜひしていきたいと思います。

毎日どんどん輪が広がっていくのがとても楽しいです!



フジノは全身全霊を賭けて市議としての仕事をしています

市民の方から

プロレスを応援したり、他の議員を応援したり、あなたは何がやりたいんですか?」

と尋ねられました。

フジノは24時間のうち、寝ている4時間くらいを除けば全ての時間を政治家として『いのちと暮らし』を守る為に全身全霊をかけて働いています。

プロレスを応援しているのは、このまちがすっかり廃れてしまい、もう8年間もプロレス興行が行えなくなった状態を少しでも元気にする為です。さらに、この興行は収益が横須賀レスリング協会と乳児院に寄附されます。

さらに、たくさんのこどもたちやひとり親のご家庭や学童保育の親子のみなさまがご招待されています。

現代のこどもたちが観たことが無い、激しい肉体のぶつかりあいを観ることで、痛みというものや力というものの持つ意味も知ってほしいと願っています。

そして、井坂しんやさんを応援しているのは、フジノのかわりに県議会で働いてほしいからです。

都道府県には、これから医療政策において強い権限が与えられます。

でも、医療の現場に最も近いのはフジノや井坂さんら市議会であり、市行政です。我々は、現場を知っています。

市民のみなさまに必要な『保健・医療・福祉』が何なのかを知っています。

しかし、県の医療政策を担当している県議会・県行政のみなさまは「現場を知らない・現場から遠い」です。

(申し訳ありませんが、事実です。フジノは県の医療審議会を全て傍聴していますし、県議会の議事録も全て読んでいます。その上での結論です)

今でさえ、市は県の対応にしばしば困らせられているのに、今よりもさらに県の権限が強くなるのです。とても困ります。

だから、フジノ以上に社会保障政策・社会福祉政策に強い井坂さんの存在が不可欠なのです。

井坂しんやさんの社会保障・社会福祉への想いはフジノ以上に熱いものがあります。

井坂さんがパートナーとして県議会に居てくれれば、フジノはこのまちの保健医療福祉をもっと良くする為の仕事がもっとたくさんできるようになります。

チャリティープロレス大会の応援と、井坂さんの応援。

この2つは、どちらもふだんの市議としての仕事を全うした上で、睡眠時間を削って行なっています。

全くふだんの仕事と矛盾していませんし、この2つがどちらもうまくいけば、さらにフジノの仕事は良い方向に進み、市民のみなさまのいのちと暮らしはさらに守られるようになります。

だから、安心してフジノのことを見ていてください。

そして、できれば見ているだけでなく、一緒に参加してくださいね!

楽しいですよー!



井坂しんや議員を応援する「勝手連」スタートします!/第1回「井坂サポーターズ・ミーティング」行ないました

井坂しんや議員を応援する勝手連『(仮称)井坂サポーターズ』ついにスタート!

昨年4月19日、フジノは

井坂しんや議員は市議会に必要な人材。でも社会保障を守る為、絶対に県議会に送り出したい!」

と宣言しました。

井坂しんや議員HPより

井坂しんや議員HPより

それから9ヶ月。

ようやく今夜、井坂さんを応援する為の『勝手連』がスタートしました!



共産党カラーは「ゼロ」の勝手連をスタートしました!

今夜、10名の有志が集まってミーティングを行ないました。

年齢も職業もバラバラ。共通点は「井坂しんやさんが大好き!」の一点。

会場にて

会場にて


フジノは、井坂しんや議員のことを『日本共産党』所属だということに全く興味はありません。

井坂さんは、政党がどこかなんていう次元の存在ではありません。実際に、横須賀市議会の中でも、あらゆる政党の議員から信頼され、愛されています。

けれども、世間には『共産党』『共産主義』のイメージへの誤解や嫌悪感があるのも事実です。

そこで、あえて『共産党カラー』や『共産党的なイメージ』とは全くカンケー無い、『人間・井坂しんや』を慕う有志で『勝手連』をスタートします!

サポーターミーティングに井坂さんをお招きしました

サポーターミーティングに井坂さんをお招きしました


一緒に活動してくれる『サポーター』を大募集します!

まずは来週、ミーティング(第2回)を開きます。

第2回(仮称)井坂サポーターズ・ミーティング

  • 日時:1月27日(火)19:00〜21:00

  • 会場:メールを頂いた方にお伝えします

井坂さんのリーフレット

井坂さんのリーフレット


井坂さんを一緒に応援したいというあなた、ぜひフジノまでメールをください!



横須賀中を駆け巡った1週間でした/横須賀市長選挙2013

市長選挙が終わりました

2013年の横須賀市長選挙が終わりました。

すでにみなさまご存知の通り、フジノが勝手連として応援した広川さとみ候補は、落選してしまいました。

この敗戦は、フジノの力不足が原因です。

最終的な選挙結果

最終的な選挙結果


公職選挙法では、勝っても負けてもお礼もお詫びも申し上げられない決まりになっています。

その為、7万6,961人の市民のみなさまから託していただいた想いに対して、フジノはその想いを言葉にすることは許されていません。

広川さとみ候補と固い絆で結ばれていた小泉進次郎代議士

広川さとみ候補と固い絆で結ばれていた小泉進次郎代議士


広川候補とともに、フジノは全身全霊をかけて横須賀市中を駆け巡った1週間でした。

そして、広川候補と固い絆で結ばれていた小泉進次郎代議士とともに、横須賀の為に初めて1つになって闘った1週間でした。

この1週間の闘いを、フジノはこれからもずっと誇りに感じて生きていくと思います。

勝手連としての活動記録です

選挙期間中の様子を、手元にある写真だけですが、ご紹介します。

ここに紹介する写真は、あくまでも勝手連としてのフジノたちの活動です。

選挙1日目(6月23日)

浦賀で開かれた『出陣式』。

「フジノも出席してほしい」

と言われて、初めて本隊に合流しました。

浦賀ドック

浦賀ドック


広川候補の生まれ故郷、浦賀。

炎天下でしたがたくさんの方が参集してくれました(6月23日@住重コミュニティ広場)

炎天下でしたがたくさんの方が参集してくれました(6月23日@住重コミュニティ広場)


ものすごい暑さと日差し。

わずか40分の出陣式でしたが、すっかり日に焼けました。

お昼すぎには掲示板に全候補者のポスターが貼りだされました

お昼すぎには掲示板に全候補者のポスターが貼りだされました


勝手連のフジノですが、本隊に1つだけお願いをしました。

「どうしても西郷議員渡辺議員岩崎議員の3人と、フジノを一緒に廻らせてほしい」

とお願いしました。

西郷・渡辺両議員の演説は、とても素晴らしいです。

そして、岩崎絵美議員のアナウンスが加わると完璧です。

商業・観光政策に詳しい西郷議員による演説(@ダイエー前)

商業・観光政策に詳しい西郷議員による演説(@ダイエー前)


この3名の若手議員によるチームを『三銃士』とフジノは勝手に名付けていました。

『三銃士』+フジノ、ボランティアのAさんとKさん。

この6人で1週間、市内を駆け巡りました。

演説する渡辺光一議員(6月23日@汐入駅前)

演説する渡辺光一議員(6月23日@汐入駅前)

事務所では、広川候補が握手した市民の方々の数をカウントして毎日貼りだしていました。

選挙初日の夜までに広川候補は市民の2人に1人と握手を交わしていました

選挙初日の夜までに広川候補は市民の2人に1人と握手を交わしていました


フジノはすでに初日の時点で喉が潰れてしまい、声がガラガラになってしまいました。

選挙2日目(6月24日)

この日は、北久里浜駅前での駅立ちからスタートしました。

どんな時でも広川候補はこどもたちにいつもずっと優しかったです

どんな時でも広川候補はこどもたちにいつもずっと優しかったです


選挙に本格的に突入してからも、広川候補はこどもたちを笑顔とハイタッチで送り出し続けました。

演説する広川候補(@北久里浜駅前)

演説する広川候補(@北久里浜駅前)

今回の選挙で初めて亀井たかつぐ県議会議員の演説を聴かせていただいたのですが、素晴らしい演説の名手でした!

亀井たかつぐ県議と竹内英明県議とフジノ

亀井たかつぐ県議と竹内英明県議とフジノ(6月24日@北久里浜駅前)


切れ味が鋭く、聴いた人の心に突き刺さる演説に感動させられました。

追浜駅前で演説する渡辺議員の声に、たくさんの方々が足を止めて聴いていました

追浜駅前で演説する渡辺議員の声に、たくさんの方々が足を止めて聴いていました

西郷議員による論理的な演説はいつ聴いても素晴らしかったです

西郷議員による論理的な演説はいつ聴いても素晴らしかったです

渡辺議員による演説

目の前にいる市民の方に語りかけるような渡辺議員による演説

ベランダからたくさんの方々が手を振ってくれました(6月24日@長沢グリーンハイム)

ベランダからたくさんの方々が手を振ってくれました(6月24日@長沢グリーンハイム)

選挙3日目(6月25日)

2013年6月25日・毎日新聞より

2013年6月25日・毎日新聞より


3日目は、久里浜で活動をスタートしました。

広川候補ら本隊は、京急久里浜駅前へ。フジノたち勝手連は、JR久里浜駅前へ。

京急に乗る方からもフジノの姿が見えたそうです(6月25日@JR久里浜駅前)

京急に乗る方からもフジノの姿が見えたそうです(6月25日@JR久里浜駅前)

車の中からも沢山の方々が手を振ってくれました(6月25日@衣笠十字路バス停そば)

車の中からも沢山の方々が手を振ってくれました(6月25日@衣笠十字路バス停そば)

浦賀の県営かもめ団地では、すでに夜の暗闇の中で演説を行ないました。

いくつものベランダからペンライト(懐中電灯?)を振って下さいました

いくつものベランダからペンライト(懐中電灯?)を振って下さいました


フジノの演説が始まると、いくつものベランダから住民の方々がペンライト(懐中電灯?)を振って応援して下さいました。

そのあまりの美しさに、フジノは涙が止まりませんでした。

ずっと笑顔で走り抜けた選挙の1週間でしたが、ここでの演説だけは涙ながらの演説になってしまいました。

選挙4日目(6月26日)

この日は、雨の追浜駅からスタート。

15分だけ、広川候補の両脇に小泉代議士とフジノが並んでの応援となりました。

広川さとみさんを応援する小泉代議士とフジノ(6月26日@追浜駅)

広川さとみさんを応援する小泉代議士とフジノ(6月26日@追浜駅)


この日はずっと雨が降っていました。

強い雨の中、演説をする西郷議員(@佐島)

強い雨の中、演説をする西郷議員(@佐島)


夕方、平成町での演説はすさまじく強い雨の中で行ないました。

全身ずぶ濡れでの演説でしたが、たくさんのドライバーの方々が応援してくれました

全身ずぶ濡れでの演説でしたが、たくさんのドライバーの方々が応援してくれました

選挙5日目(6月27日)

2013年6月27日・毎日新聞・2013横須賀市長選(上)企業誘致・偏った産業施策に不安

2013年6月27日・毎日新聞・2013横須賀市長選(上)企業誘致・偏った産業施策に不安


ワイデッキでの駅立ちからスタートしました。

けさはついに広川候補の両脇に、小泉代議士とフジノが並びました。

未来の総理と未来の市長とフジノ

未来の総理と未来の市長とフジノ(6月27日@横須賀中央Yデッキ)

たくさんのこどもたちが演説を聴いてくれました(6月27日@平成町)

たくさんのこどもたちが演説を聴いてくれました(6月27日@平成町)

選挙6日目(6月28日)

早朝、フジノは過労がたたったのか、血尿が出てしまいました。

ひどい痛みで立つことができませんでした。

最終日の最後まで立ち続けていられるようにする為に、朝の駅立ち〜午後まで休ませて頂きました。

僕たち「現役世代」が全力を尽くして「次の世代」により良い横須賀を手渡したい

僕たち「現役世代」が全力を尽くして「次の世代」により良い横須賀を手渡したい


夕方、勝手連に復帰しました。

不思議なことにマイクを握って演説している間は、お腹の痛みも全く感じません。

でも、自宅に帰ると途端にひどい痛みで動けなくなってしまい、「これならむしろずっと演説している方がラクなのかもしれない」と感じました。

選挙最終日(6月29日)

2013年6月29日付・毎日新聞より

2013年6月29日付・毎日新聞より


今日は朝から何度も何度も吉田候補とすれ違いました。

やはりかつての同志。

最終日に廻るべきコースは同じルートになるのだろうなと思いました。

三浦半島を走破した、吉田候補の脚力・根性。悔しいけれど素晴らしい

三浦半島を走破した、吉田候補の脚力・根性。悔しいけれど素晴らしい

女の子たちがずっと演説を聴いていてくれました(@湘南鷹取)

女の子たちがずっと演説を聴いていてくれました(@湘南鷹取)

女の子のひとりがくれた、白詰草

女の子のひとりがくれた、白詰草

こどもたちがずっと演説を聴いてくれて、終わった後には握手を求められました(@久里浜ハイム)

演説を聴いてくれた後、男の子たちは先週行ってきたばかりの「職業体験」のお話をたくさん話してくれました(@久里浜ハイム)


残念ながら、勝手連のフジノは、本隊(広川候補ら)とは、1週間ずっと別行動でした。

朝の駅立ちと全てのスケジュールが終わった後の事務所でしか、広川候補のそばには居られませんでした。

本隊の凄まじい闘いぶりは、市民のみなさまがきっとご覧になられたはずです。

もしも許されるならば、本音ではフジノも広川候補のそばで闘いたかったです。

それだけが、7日間の唯一の心残りでした。

そんな僕の想いを知る小泉進次郎代議士(選挙対策本部長)のはからいで、最終日の夕方、横須賀中央のかわしま前で、3人だけで演説をさせて頂きました。

応援していた全ての市議・県議のみなさまの想いを託していただいて、若輩者のフジノにあえて演説を任せて下さった。

ずっとフジノは、反自民・反小泉で生きてきました。

そんな恩讐を越えて、フジノに演説の機会を託してくれたことを、とても意気に感じました。

小泉代議士、ありがとうございました。

広川候補がついに事務所へ帰還しました

広川候補がついに事務所へ帰還しました

20時、マイク納めが行われました

20時、マイク納めが行われました

6月30日・投開票日

お昼ちょうどにフジノも投票所に向かいました

お昼ちょうどにフジノも投票所に向かいました


夜20時、投票が締め切られました。

フジノは20時を汐入で迎えました

フジノは20時を汐入で迎えました


市内の投票箱は全て総合体育館(不入斗)に集められて、21時から開票作業が行われました。

横須賀市総合体育館で開票作業が行われました

横須賀市総合体育館で開票作業が行われました


22時過ぎまで開票作業を見届けた後、広川事務所へと向かいました。

事務所には多数のテレビ局のカメラが並びました

事務所には多数のテレビ局のカメラが並びました


23時20分頃、吉田候補に『当確』が出ました。

テレビ神奈川による「当確」が出ました

テレビ神奈川による「当確」が出ました


テレビ神奈川の選挙特番の映像の中に、当確が出た瞬間の放心状態の自分が映っていました。

放心状態の自分

放心状態の自分


政治家にとって、主権者である市民のみなさまの判断は『絶対』のものです。

したがって今回の結果は、政策を訴えるフジノの力が足りなかったのだと受け止めています。

広川候補の政策そのものはとても正しかった。

どうすればもっと多くの市民のみなさまにその政策を正しくお伝えすることができたのか、それは1日経った今もまだ分かりません。

1つ言えることは、これからもこのまちを守る為に自分は死ぬまでここで暮らしていくということです。

絶対にどこにも行かない。

このまちで最期の瞬間まで、僕はずっとこのまちで生きていく。

そして、僕と同じようにこのまちで生まれて、このまちで暮らして、このまちで死んでいく全ての人々のことを、僕は守りたいと強く感じています。

選挙という1週間の闘いは、終わりました。

けれども、このまちの暮らしは今この瞬間も続いています。

だから、闘い続けていきます。

ずっと。

【市民のみなさまへ】政策の一致する、広川さとみさんを勝手連として市長選挙で応援します

市民のみなさまにフジノの判断を報告します

これまで過去2回の市長選挙においては、記者会見を行なってフジノの態度を明らかにしてきました。

しかし現在は、市民のみなさまと直接につながることができる手段、TwitterやFacebookなどのソーシャルメディアが僕たちにはあります。

そこで、今回は記者会見は行ないません。

このブログ、Twitter、Facebookでの発信で報告します。



判断基準は、社会保障政策・社会福祉政策・教育政策での一致です

現時点で立候補を表明している3人の立候補予定者にお会いしていただき、政策を伺い、意見交換をしました。

その結果、「このまちの未来をともに作っていきたい方が誰か」について、フジノは決心をしました。

  • 社会保障政策(特に国民健康保険制度、健康政策、在宅療養と地域包括ケア)
  • 社会福祉政策(特に障がいのある方々の親亡き後の問題、ひとり親家庭への支援や学童保育などのこども家庭福祉)
  • 教育政策(特に、中学校給食の実現、発達障がいのあるこどもたちへの支援、特別支援教育など)

などの政策で、フジノの想いとほぼ一致をみた方がいらっしゃいました。

フジノはその方を応援します。



広川さとみさんの政策をフジノは支持します

それは、広川さとみさん(前副市長)です。

07withMrHirokawa


フジノは、『勝手連』として、広川さとみさんを全身全霊をかけて支援します。



岸牧子さんとは「安全保障政策」では完全に一致しています

岸牧子さんとフジノは、原子力軍艦に対する考え方では完全に一致しております。

ただ、このまち全体の課題の多さを考えた時

「安全保障政策の一致だけでは横須賀市議会議員として支援できない」

と考えました。

本当にごめんなさい。



吉田市長とは「2025年を目前にした社会保障政策」で全く一致できませんでした

吉田市長とは、在るべきまちの未来像、特に2025年問題をはじめとする『人口減少・少子超高齢社会への政策』で全く一致することができませんでした。

『社会保障政策』をメインの政策とするフジノにとって、ここで一致できなかったのは決定的なことでした。

団塊の世代が後期高齢者となる2025年は、目の前。

横須賀市は他のまちよりも、高齢化のスピードは早い。

そんな中で、何を優先順位として、何に集中して投資するのか、何を守るべきなのか、ここで一致できませんでした。

後輩である雄人を先輩として好きな気持ちに今も変わりはありません。

けれども、そうした私情は抜きにして、『公人』としてこのまちの未来を守るのが使命である政治家として、フジノは

「支援できない」

という結論に至りました。

彼の政策では『人口減少・少子超高齢社会』を乗りきれないからです。



本日からフジノは市長選挙に勝手連として参戦します!

本日5月20日をもって、フジノは『政策実現のいち手段』としての市長選挙に参戦します。

なお、フジノはどんな政党ともカンケーありません。

今後も政党や既存の団体とは距離をとります。

フジノはフジノの信じるやり方で、勝手連として勝手に広川さんを支援します。

政策と政策とのぶつかりあい、議論を通して市民のみなさまがこのまちの未来を一緒に真剣に悩み、自ら選び取るような選挙にしたいです。

市民のみなさまへのご報告は、以上です。



ご質問・ご意見、何でもお寄せ下さい

今回のご報告へのご質問があれば、Twitter上で受け付けますのでお気軽にどうぞお願いします。

フジノのTwitterアカウントは、@ycc_hf です。



なんと浜野雅浩さんが「勝手連」の新たな仲間に加わってくれました!/自民党を離団して、雄人の応援へ

勝手連に新たな仲間、まさかの浜野雅浩さん!

人事を決める為の『臨時議会』の準備をしています。

無所属の5名(瀧川さん、田辺さん、浜野さん、フジノ、雄人)について、「誰がどの常任委員会になるか」のとりまとめ役をフジノが行なうことになりました。

みなさんの希望を尋ねる為に電話をかけていたのですが、浜野雅浩議員にも17時過ぎに電話をかけました。

「おー、フジノ!元気か?」

という、いつもの明るくてまわりを元気にしてくれる浜野さんの大きな声が聞こえてきました。

もともと人づきあいが苦手なフジノは、人の好き嫌いが激しいです。

でも浜野さんの人柄が僕は大好きで、当選同期組(いちご会と言います)で当選直後の2003年5月に初めて飲み会に行った時からすでに仲良しになってしまいました。

2003年5月の同期会での浜野さんとフジノ

2003年5月の同期会での浜野さんとフジノ



証拠写真ですね!過去の日記を見ていて発見しました!
 
それ以来、政策について意見交換をさせていただいたり、県外視察などのいろいろな機会に、『会派』を超えて浜野さんにはお世話になってきました。

当選同期会『いちご会』の行事でも(年4回の飲み会です)、浜野さんはいつも僕の父ことを心配して声をかけてくれました。
 
すごく優しい方です。

そんな経緯もあって、

どうして浜野さんが会派を辞めてしまったのか、個人的に僕は気になってしかたなくて思い切って尋ねてみることにしました。

「失礼を承知でお聞きしたいのですが、浜野さん、一体どうして会派をお辞めになったのですか?」

「フジノ、筋を通したんだよ。

『自民党』は議論は自由にできる場所だけれど、『会派』のみんなに迷惑をかけちゃいけないからさ。
 
それで離団させてもらったんだよ。

これから一緒に勝手連やろうな」

「え...?」

思わず、絶句してしまいました。

うれしい衝撃の波が襲ってきたのは、数秒間が経ってからでした。

おお、なんてことだ。
 
自民党のニューリーダーが!すごい!

「浜野さんとご一緒させていただけるのはものすごくうれしいです。こちらこそ、どうかよろしくお願いします!」

「おお、がんばろうぜ!」

いやあ、うれしい!

浜野さんの声を聴いていると元気が出てくるんだよなあ。

市民のみなさま、僕が個人としても政治家としても大好きな浜野雅浩さんが『勝手連』の仲間になってくれましたよ~!

きっとすごいことになります。
 
ワクワクしてきました。

『新しい横須賀』が近づいてきました!



後日談

翌日の神奈川新聞に、浜野さんのコメントと共に離団について報じられました。

2009年4月29日・神奈川新聞より

’09横須賀市長選
浜野横須賀市議
吉田氏応援で、自民党を離団

横須賀市議会の浜野雅浩市議は28日までに、所属会派の自民党を離団し、無会派となった。

浜野氏は取材に対し、6月28日投開票の横須賀市長選に出馬を表明している吉田雄人氏を応援する意向を表明。

「(現職の蒲谷亮一市長を支援するという)会派の運営に今後支障を来たすと判断して、離団を申し入れた」

と説明した。自民党員は継続する。

浜野氏の離団に伴う会派構成は次の通り。
 
▽新政会=10人
▽自民党=7人
▽研政よこすか市民連合=7人
▽公明党=7人
▽ニューウィング横須賀=4人
▽共産党=3人
▽無会派=5人

(佐藤 浩幸)

無会派の人数は5人と大きくなり、共産党とニューウイング横須賀を上回って、第5会派になりましたね(笑)



東京都知事選挙最終日、ついに浅野史郎候補の応援に行きました!

都知事選挙、最終日ついに応援に行きました!

フジノはアサノさん(浅野史郎・元宮城県知事)のことを14年前(大学1年)からリスペクトし続けてきました。

アサノさんの存在は、フジノが『政治家という手段を選ぶきっかけ』になっただけでなく、フジノの『人生そのもの』にものすごく大きな影響を与えた方々の1人です。

だから、アサノさんが東京都知事選挙に立候補を決めた時、

「どんなことがあっても応援に行きたい!」

と願いました。

全国の福祉仲間たちが続々と東京へ向かいました。

そんな中、フジノは意地で横須賀に残りました。

予算議会が続いていたこともありますし、現役の市議会議員としてこのまちでやるべきことがありました。

でも、いつもこころはアサノさんを応援してきました。

東京に暮らす友達と話す時、必ずアサノさんについて語りました。

『横須賀勝手連』を名乗って、ふだんの仕事の合間を縫っては都内の友達にアサノさんを推薦するメールを送り続けました。

毎回、浅野事務所からはお誘いのメールが来ていました。
 
浅野史郎事務所びらきの日、行きたかった。
 
選挙初日の出陣式、行きたかった。

毎日、行動スケジュールを把握していました。
 
毎日の大江戸勝手連の活動、行きたかった。

毎日の事務所前のあいさつ&マニフェスト配り、行きたかった。

アサノさんがわずか数名しかいないスーパーの前で街頭演説しているのが放送された時、

「その後ろでブルーの旗を持っているのが何故おれじゃないんだ」

と悔しくてたまりませんでした。
 
アサノさんの為に働きたかった。

僕ができることは何でもやりたかった。

「アサノさんの為にがんばる」ということは「この国の福祉の為にがんばる」ことと、同じ意味だ。

グループホームを制度化したのは厚生省時代のアサノ課長だ。

最近のワイドショーでしかアサノさんを知らない人はいろんなことを評論家みたいにしたり顔でしゃべってる。

でも、何も分かってなんかいない。

どれだけアサノさんがこの国の福祉に大きな良い影響を与えたか。

みんなが知らないだけで、実はアサノさんが作った制度に助けられてる。

予算議会が終わった3月26日、このまちの福祉を守る為にフジノは再び市政の場で闘っていく決心をしてしまった。

その直前25日に、能登半島地震が起こったので予算議会終了後はどうしても募金活動をやらずにいられなかった。

募金活動を終えたら、今度は大学院の準備でてんやわんや。

さらに、市政への再挑戦の為のいろいろな書類を作らないと自分自身の闘いに間に合わなくなってしまう。

実際、今日も書類のノルマが全く終わっていない(書類が多すぎるんだよ...)。

抑えきれない「応援しに行きたい気持ち」をいろいろな友達に相談するたびに

「東京都知事選挙のことより神奈川県知事選挙と県議会議員選挙のことを教えてよ」

「おまえ、自分のことが終わってないのに他人の応援とか言ってんじゃねえよ」

「いま横須賀を離れたら、横須賀の人たちのこころが離れるよ」

「毎日寝てなくて体調が悪いんだから、少しでも時間が取れるなら、まず体を休めなよ」

と、言われた。

つまり、「行くな」ということだ。

だから、ずうっと今日までガマンしてきました。

でも、でも、今日は都知事選挙の最終日だ!

16時過ぎまでとにかく事務仕事をやりまくったけど終わりのメドなんて尽きそうに無かった。

いまアサノさんの応援に行かなければおれは一生後悔する。

『心の師匠』の闘いに行かないなんて、おれにはありえない!

もう、居ても立ってもいられなかった。
 
夜20時をもって、街頭でマイクを使っての選挙活動は終わる。

行かなければ!

せめて最後の演説を大声で盛りあげに行くのだ。

っていうか、おれは朝からブルーのネクタイしめていたのは例え誰に何と言われようとも絶対にアサノさんの応援に行くと決心していたからだ。

浅野史郎のラッキーカラーはブルー

浅野史郎のラッキーカラーはブルー


ブルーはアサノカラー。福祉仲間の連帯の色。

とにかく書類が終わらなければ、帰ってきて徹夜すればいい。
 
そう決めて事務所を飛び出て、京急快速特急に飛び乗りました。

そして、18時半。ついに新宿東口へ到着!

18時から『打ち上げ』が始まっていました(最後の演説ではなくて、勝手連はみんなで『打ち上げ』と呼んでました)。

ものすごくたくさんの人々が、そしていろいろな人々が新宿を埋め尽くしていました。

障がいのある方々がたくさんいらしゃってました。
 
まるで障害者自立支援法の反対デモの時みたいに本当にたくさんの障がいのある方々が集まっていました。

これがアサノさんのパワーなのだ。

酸素ボンベを抱えながらじゃないと暮らせない人がアサノさんの声を聴きたい、アサノさんに会いたい、そう思って、足を運ぶ。これがアサノさんのパワーなのだ。

こんな政治家いますか?

こんな政治家が他にいますか?

いろんな政党の人々が話し始めるとそれはそれで盛り上がりはするけれども、会場からは「アサノさんに話させろ!」の声がすぐにあがる(笑)。

そして、アサノさん本人が話し始めると会場は一気にすごく盛り上がりました。

新宿駅前での最後の街頭演説

新宿駅前での最後の街頭演説


他の勝手連の方々に

「横須賀の勝手連のフジノです。旗とかのぼりとか持ちますか?」

と尋ねると、

「いいよ!遠くから来たんだから近くで応援してあげて!」

と言ってもらえて、フジノは最前列に行かせてもらえました。

「アサノさん!」

もうガンガン叫びましたよ~。のど潰れた~。

演説する浅野史郎候補

演説する浅野史郎候補

アサノさんの演説はすごい。

聴きながら涙がボロボロ出てしかたがなかった。
 
気持ちが14年前に初めてアサノさんの存在を知った時に戻ったよ。

やっぱり僕の原点は、16年前から関わりをスタートした精神保健福祉だ。
 
このままでは、この国に生まれた障がいのある人は救われないと感じた。
 
あの日のあの時の気持ちが鮮明によみがえってきた。

僕が出口が見つからなくて苦しんでいた時に出会った、いくつかの光。
 
例えば、精神障がいと闘う仲間がいることを教えてくれた全家連との出会い。
 
例えば、慶応大学の佐藤教授による行動分析学との出会い。
 
例えば、UCLAのリバーマン教授によるSSTとの出会い。
 
そして、行政・政治の世界で福祉と闘うことを教えてくれたアサノ知事。

16年前からの苦しい日々、いろいろな気持ち、必死に闘ってきたこと、でも失ってしまったたくさんのもの、それでもまた立ち上がって闘ってきたこと、いろいろなことを思い出しました。

政治をあきらめない。

誰もが自分らしく生きられる社会をつくる。

僕の中の純粋な部分が改めてどんどんクリアになっていくのを感じました。

すっごく感動的なのに、アサノさんはいつもユーモアたっぷりでいつも時間にきっかりで、まわりの人のことをいつも気を遣っている。

「あと3分でマイクも使えなくなりますが...」

とアサノさんが話した瞬間、電光掲示板で正確な時間を見ていたフジノが「2分です」とピースサインすると

「あら、2分でしたね。ありがとう」

って、最後の最後までまわりのことが見えてました。

20時の演説が終わっても集まったみなさんはなかなか解散しないで

「アサノ!アサノ!」

というアサノコールと、ブルーの旗やハンカチが新宿東口いっぱいに揺れていました。

感動した。本当に来て良かった。



ちっちゃな事務所へ

20時15分くらいまで東口にいて、何とか人ごみをかきわけて事務所へと移動です。

みんなのちから号

みんなのちから号


事務所はこちら。

ちっちゃいでしょう?これがアサノ流なんですよね。

ちっちゃな浅野史郎事務所

ちっちゃな浅野史郎事務所


20人も入ったらギュウギュウになっちゃう事務所。

またもここで他の勝手連の方々が

「ほら、中に入って入って!」

と、フジノをどんどん前に進めてくれました。

たくさんの取材を受ける浅野史郎候補

たくさんの取材を受ける浅野史郎候補


たくさんのマスコミが来ていました。

アサノさんは、スタッフのみなさん・勝手連のみなさんにねぎらいの言葉をかけて、あいさつを終えました。

熱く語る浅野史郎候補

熱く語る浅野史郎候補


外は雨が少しずつ強くなっていきましたが、アサノさんは12時を迎える瞬間まで新宿の方々と握手をしてまわるとのことでした。
 
(マイクを使わなければ選挙活動は0時までOKなのです)



選挙の勝ち負け以前に、たくさんの人々の心に灯を点けたことは大きな勝利だ

今夜は行って、本当に良かった。

選挙の勝ち負けは明日決まる。
 
でも、僕たちはもう勝ったんだ。

選挙の勝ち負けとは違う次元の闘いがある。
 
僕たちはもう勝っているのだ。

明日、どんな結果が起こっても僕は絶対にぶれることは無い。

やっと僕のハートに火がついた。

もう絶対にぶれない。

周りの方々からお願いされてお願いされて切なくて逃げられなくて26日になってしまい、追い込まれた末に無理やりした決断。

でも、僕は今日、本気で自分自身が決断した。

この国の福祉を守る。

その為に闘う。

そして絶対に勝つ。