日高庸晴教授が上地市長・副市長・教育長と面会しました/上地市長は全面的な協力を約束してくれました

5年ぶりに日高庸晴教授が横須賀市役所を訪れました

5年ぶりに日高庸晴先生(宝塚大学教授)が横須賀市役所を訪れました。

上地市長・永妻副市長・新倉教育長との面会に、フジノも同席させていただきました。

日高庸晴教授が市長・副市長・教育長と面会しました

日高庸晴教授が市長・副市長・教育長と面会しました


日高庸晴先生は、いわゆる性的マイノリティとされるこどもたちに自殺・自殺未遂・自傷行為が多いことを調査研究によってデータとして明らかにした日本の第一人者です。

自殺を無くす為に政治家になったフジノは、この調査研究の存在を知ってすぐに日高先生と接点をもたせていただきました。

それ以来、2010年に横須賀で講演をしていただいたことをはじめ、日高先生と横須賀市との関わりは深く、厚生労働省の会議でも横須賀市の取り組みを好事例としてご紹介いただくなど、横須賀の取り組みを応援していただいてきました。

5年前の来訪読売新聞神奈川新聞が大きく報じて下さいました。

けれども今回の面会だけは、実現するまでフジノはどなたにもお知らせしませんでした。

とてもセンシティブで大切な面会だったからです。



日高先生と上地市長のタッグが全国に与える影響力の大きさにワクワクします

そもそもかねてからフジノは、議員として誰かを市長とひきあわせることをあえて避けてきました。

特にこの2年間の上地市長の激務をおもうと、歴代のどの市長よりもフジノは遠慮して、どなたから面会依頼があっても全てお断りしてきました。

けれども、今回ばかりはマイルールを破りました。

何故なら、日高先生と横須賀市がタッグを組むことの影響力は大きく、そのメリットは広範囲に及び、多くの人々が救われる可能性があるからです。

今回の訪問の具体的な目的は、まだ記すことはできません。

ただ、上地市長は全面的な協力を約束してくれました。

いつの日にか明らかになることですが、日高庸晴教授と上地市長のタッグは横須賀市の為だけでなく、必ず全国の為になるとフジノは確信しています。

日高先生と、市長・副市長・教育長

日高先生と、市長・副市長・教育長


今回の面会は、フジノの長期休職中に日高先生から依頼を受けました。

当時のフジノは絶不調の中で他人と話すのも厳しく、アポイントメントも取ることはできず、今日こうして実現するとはとても考えられない状況でした。

でも、心の中では

「絶対に上地市長と日高先生のおふたりはケミストリーが合うはず」

と感じて、ワクワクしました。

実際におふたりがお会いするのを目の前で体感して、改めてその予想はまちがっていなかったことを感じました。

日高庸晴教授のお話に真剣に耳を傾ける上地市長

日高庸晴教授のお話に真剣に耳を傾ける上地市長


必ず良い方向へ物事が進んでいくはずです。

左から教育長・副市長・市長・日高先生・フジノ

左から教育長・副市長・市長・日高先生・フジノ


もっと詳しくご報告ができる日が早く来るといいなと思います。



写真家・岡原功祐さん、さらにノンフィクション作家へ/「Ibasyo 自傷~存在の証明」が第7回開高健ノンフィクション賞ベスト3に選ばれました

写真家・岡原功祐さん、さらにノンフィクション作家へ

フジノと同世代でありながらすでに世界的に高い評価を受けている写真家・岡原功祐さん

岡原さんとその写真については、これまでもこのブログでずっと紹介し続けてきました(こちらこちらこちらなどをご覧下さい)。

その岡原さんが自らの写真と共に執筆をしたノンフィクション作『Ibassyo 自傷~存在の証明~』

なんと、第7回開高健ノンフィクション賞ベスト3に選ばれました!

最終選考の結果、受賞こそ逃したものの、これはすごい快挙です。

集英社「第7回開高健ノンフィクション賞受賞作発表」サイトより

集英社「第7回開高健ノンフィクション賞受賞作発表」サイトより


実は、彼の作品の原稿を読ませていただいたのですが、自傷行為についてのリアルな現実がそのまま描かれていました。

自傷が美化される訳でもなく、かといって否定されるのでもなく、ただ現実にその行為が存在している今の社会の姿。

読みながら、胸が苦しくなるような想いを感じつつも、僕は決して絶望を感じることはありませんでした。

現実から始まるしかない。

それが『僕たちの世代』なのです。
 
どんな現実であろうと、そこからしか前に進むことはできないのです。

そうした想いが岡原さんの文章の底にも流れている気がして、とても深く共感しながら読み進めました。

審査委員の1人である佐野眞一さんは、岡原さんの作品をこのように評していました。

佐野眞一さんによる講評

リストカットがやめられない女性たちの日常を、これほど丹念に取材した作品は例がない。

現代日本の根に潜む精神最深部の病にメスを入れたという意味で、このアクチュアリティーは、他の作品を圧倒している。

ここに定着されているのは、これまで誰もが聞こえないふりをしてきた魂の奥底から絞り出した痛切な叫びである。

それをあぶり出した勇気だけでも、受賞に値する。

だが、インターネットのmixiを取材の入口にするなど、筆者は“安全地帯”にいるのではないか、との批判があり、受賞には至らなかった。

ただし、本にする価値は十分あるので、読者には受賞作同様、応援をいただきたい。

「リストカットがやめられない女性たちの日常をこれほど丹念に取材した作品は例がない」

という佐野さんの講評に同感です。

『mixiを取材の入り口に』していること=『安全地帯にいるのではないか』という指摘は、たぶん世代間の『差』なんだろうなあと感じます。

インターネットを入り口にしていることは、現代の若者の日常的なツールを使っている訳で、むしろ僕たちの世代にはリアルな入口だと逆に感じています。

「本にする価値は十分あるので、読者には受賞作同様、応援をいただきたい」

というコメントには強く同感します。

そこでフジノは

「集英社さん、ぜひ出版をして下さい!」

というメールをさっそく送りました。

この作品は、自殺予防対策の観点からも、世間に対してきちんと本として送り出してほしいと願っています。

市民のみなさま、実はこのノンフィクションにはフジノも1ページほどささやかに登場しています。

どんな風に登場しているのかを読んでみたいなあという方もぜひ集英社さんに「出版してください!」メールを送って下さいな。



写真家・岡原功祐さんが日本人初の「Sony World Photography Awards」を受賞しました!/自傷する女性たちを数年間にわたって追い続けた写真が再び世界に評価されました

横須賀が認めなかった才能をまたも世界が認めた!

昨年2008年6月22日に『残念だけどすごくうれしい話』というタイトルで、このブログに文章を書きました。

フジノと同年代にもかかわらず、すでに世界的に評価されている素晴らしいプロの写真家で岡原功祐さんという方がいます。

横須賀は、彼の素晴らしい写真の数々を展示できる権利を手にしたのにあっけなく放棄してしまいました。

しかしその後、アメリカで雑誌『TIME』が彼の写真を掲載したのですね。

当時のフジノブログでは、

「横須賀で公開できなかったのは残念だけどあの『TIME』が掲載したんだからこれで良かったのだ」

「世界が評価したものを門前払いした見る目が無い横須賀は残念だ」

と書きました。

その彼の写真が、今回さらに世界から評価されました!

それは、世界最大の写真イベントの1つである『Sony World Photography Awards Cannes 2009』(以下『SWPA』と省略)です!

「Sony World Photography Awards」サイトより

「Sony World Photography Awards」サイトより


フォトジャーナリズム・ドキュメンタリー部門の『contemporary issues』カテゴリーで第2位に選ばれたのです。

(あえて訳すならば『今日的な問題』だろうか・・・)

『SWPA』の歴史において、日本人が受賞したのは初めての快挙です。

岡原さん、本当におめでとうございます。このように報道されたりもしています。

「デジカメWatch」2016年1月26日最新ニュースより

「デジカメWatch」2016年1月26日最新ニュースより


このイベントがどれほどすごいかは公式サイトを見てもらえば分かりますので、ここでは紹介しません。

いずれにせよ、横須賀美術館では手に負えなかった才能は、アメリカで雑誌に取り上げられ、カンヌで世界から評価された、という事実だけが残りました。

昨年のブログに続いて、フジノは同じセリフを書きます。

横須賀で彼の作品を扱わなかったのは残念だけど、世界が彼の作品を認めたんだから、すごくうれしい。



「希望」だけが存在しないこの国で、いのちは居場所を求めている

ふだん岡原さんは世界中を飛び回っての撮影をメインにしているのですが、撮影の合間に日本に戻るたびにあるテーマについて撮影を続けました。

それが『自傷行為』についてでした。

今でこそ、自傷をテーマにした岡田敦さんの写真集『I am』が木村伊兵衛賞を受賞するなど、日本でもようやく一定の市民権を得られつつあります。

けれども岡田さんの写真は、スタジオでの撮影で、なおかつ、美しく撮られています。例えば、ホワイトバックに女性がヘアヌードになっています。

芸術に政治が口を出すべきではありませんが、フジノはこんな風に美しく切り取られた自傷は美化(=歪曲)されたものでリアルではないし、評価したくありません。

岡原さんの写真は、それらとは決定的に異なる点があって、生のまま(raw)なのです。

生活場面の中に自らが入り込んで、生のままを切り取っているのです。リアルなのです。

フジノからすれば、自傷行為は美しくも何とも無いし、救いでもありません。

自傷には依存性があって、一度リストカットをすれば、再びリストカットせざるをえない作用があります。

自傷には一時的にストレスを見えなくさせる効果があります。

苦しいストレスフルな日々から抜け出す為に自傷を続けるうちに、本当に死んでしまう(自殺になってしまう)人もいます。

これが現実です。

そうしなければ生きていかれないから自傷をするのであって、美化の対象でも無ければ嫌悪の対象でもありません。

岡原さんの写真には、リアルな現実だけがそこに存在しています。

しかし、リアルでなければ救いは存在しません。

自殺対策の専門家としては、自傷の本当の意味を知らなければ正しい対応を取ることができません。

つまり、美化したり嫌悪したりするのではなく、リアルな現実として受け止めねば対応はできないのです。

だからこそ、他の写真家ではなく、岡原さんをフジノは評価します。



「希望」だけが存在しないこの国で、いのちは居場所を求めている

ふだんの写真家・岡原さんは、自傷行為はテーマにはしていなくて

戦争が今この瞬間も起こっている紛争地帯や、麻薬の栽培地帯や実際の取引現場にたちあっての撮影など命がけの撮影をしています。

世界から見捨てられつつあるチベットのさらに奥地に入っていって、ハンセン氏病の隔離された施設を撮影したりしています。

世界中でいのちが毎日奪われているその現場に彼は居て、たくさんの死に向き合いながら、現実をカメラで切り取っています。

その彼が祖国・日本に帰ると、自らいのちを削っているたくさんの若い世代に出会う訳です。

フジノは、彼が初めてカメラを手に取った動機や写真で生きていくと決めた理由は尋ねたことはありません。

けれども、全く違う対象を撮影の相手にしていながらも

『いのち』

という1点において、その撮影している想いは全く同じなのではないかと感じます。

コロンビアの麻薬地帯で生きていくしかないこどもたち。

麻薬を積めたコンドームを胃の中に入れて、それをアメリカに運ぶ売人たち。

ジャングルの中で軍事訓練を受ける10代の少年兵たち。

そして、日本の終わりなき日常の中で孤独にとらわれて果てしなくリストカットを繰り返す10代の若者たち...。

GDP世界第2位のわが国ではたくさんの物があふれて、お金さえ出せば何もかもが手に入れられるような錯覚に陥ります。

でも、『希望』だけは金で買えない。

そんな現実の中で、政治家としてフジノは自殺対策に取り組んでいる訳ですが

岡原さんの写真を見るたびに、政治家として成すべきことを強く自覚させられます。

それは、『希望』を示すこと。

雨が続いた後の暗い空に輝きに満ちた太陽が差すような、生きていくことに希望を感じられるような、そんな社会へ変えること。

それが政治家の仕事なのだといつも痛感させられます。



閲覧は自己責任でお願いいたします

さて。

このリンクをクリックすると、今回のアワードで岡原さんが受賞した写真が見ることができます。

(*2009年の受賞写真を紹介するコンテンツはリンク先サイトから無くなってしまいました。残念です)

けれども、自傷行為の写真ですから、今、精神的に追い込まれている方はどうかご覧にならないで下さい。

自傷行為を見ることは伝染病に感染するように若い世代にとって大きなネガティブな影響を与えることがあります。

とはいえ、彼の写真を見なくても自傷行為をしている人は今もあなたのまわりにもたくさん居ます。

リストカットをしている人がフジノのまわりには多すぎて、もはやリスカの跡を見たことが無い10代なんて今さら居るのかどうか、想像がつきません。

けれども今、精神的に追い込まれている方は、どうかご覧にならないで下さい。

あくまでも自己責任で閲覧は判断なさって下さい。



自傷をする女性たちを数年間にわたって追い続けた写真家・岡原功祐さんの写真が「TIME」誌に掲載されました!/横須賀にとっては残念だけど、世界にとってはすごく良い結果になった

版権まで全て任せてくれたのに、横須賀は断った

フジノがこころからリスペクトしている国際的な写真家に岡原功祐さんという方がいます。

岡原さんは様々なプロジェクトを行なっていますが、その1つにフジノはとても関心を持ち続けています。

それは、

自傷行為をする6人の女性たちの生活に岡原さん自身が深く入り込んでリアルな生の姿を撮影し続けてきた

というすさまじいプロジェクトです。

昨年5月20日、彼が数年間にわたって撮影し続けた写真の全貌を見せていただきました。

当時の岡原さんは、

「そもそもこれらの写真を世間に公開すべきかどうか」

を迷っておられました。

フジノは自殺対策に取り組んできた立場から、

「このリアルな現実はむしろ公開すべきだ」
 
と強く訴えました。

その後、フジノは岡原さんにお願いして

「その写真を横須賀で展示させてくれませんか」

と頼み込んで、OKを頂きました。

わがまちには横須賀美術館があります。

特に、開館直後のオープニング特別展では『生きる』をテーマにした石内都さんの写真をはじめとする展示を行なった実績があります。

横須賀美術館開館記念《生きる》展

横須賀美術館開館記念《生きる》展


そんな横須賀美術館だからこそ、自傷行為をせざるをえない女性たちのリアルな生活を数年間にわたって追い続けた日本初の写真を展示してほしいと感じたのです。

そこで、写真を実際に見てもらって来年度以降に展示できないかを検討してもらえないかと横須賀美術館に質問してみました。

そうしたら、あっけなく

「一切そういったことは受けていません」

とのふたつ返事でした。

フジノは議員として働きかけたとかそういうことではなく、いち市民として社会的に強い意義のある写真を横須賀美術館が展示することの意義を訴えました。

しかし、岡原さんの秀逸な数々の写真そのものを一切見ることもなく、完全に門前払いでした。

こうやって横須賀はいつも杓子定規でダメなんだから。

岡原さんからは、

「横須賀美術館での展示ならば、版権とか全てをフジノさんに任せます」

とまで言っていただいていたのに。

その写真を観ることも無いままに横須賀美術館はあっけなく断った訳で、本当に無念としか言いようがありません。

しかし・・・



岡原功祐さんの写真が『TIME』誌に掲載されました!

なんと先日、アメリカの『TIME』誌に岡原さんの写真が掲載されました!

横須賀での展示が実現しなくてフジノは悔しさを感じましたが、世界的な雑誌に掲載されたことを心から誇りに感じました。

必ず『TIME』への掲載によって、世界の人々に彼の写真が評価されるはずです。

本当に良かったです。

・・・それにしても、横須賀美術館には見る目が全く無かったですね。



閲覧は自己責任でお願いいたします

さて。

この先のリンクをクリックすると、『TIME』に掲載された岡原さんの写真がスライドショーで見られるようになっています。

TIME誌のサイト「Self-injury in Japan」

TIME誌のサイト「Self-injury in Japan」

閲覧はどうか注意して下さい。

自傷行為は、時に、不安定な方々を巻き込む可能性があります。
  
梅雨時の天候が不安定な中で、うつな気持ちが強い方々はどうかご覧にならないで下さいね。

ただ、フジノはこのリアルな姿を見てほしいと願っています。



保坂展人さんに会えました!/Youth Talk「性的マイノリティと教育」へ(その3)

前の記事から続いています)       

保坂展人さん(教育ジャーナリスト・衆議院議員)に会えた!

あまりにも下の写真のフジノの顔、ひどすぎるのですが・・・

1枚しか写真を撮れる時間が無かったので、あえて掲載します(涙)

保坂展人さん

保坂展人さん


保坂展人さん。

衆議院議員、社会民主党。

『国会の質問王』です!
 
すでにいろいろな所で書いてきたとおり、僕は小学校も中学校も、学校にきちんと行けないこどもでした。

今では『不登校』という言葉を使いますが、僕が幼かった頃は『登校拒否』と呼ばれていました。

そんな時に、すごく励みになったのが保坂展人さんの書いた本でした。

当時の保坂さんは10代の味方でした。

保坂さんは自分の仕事場である東京のマンションの1室を『解放区』として誰でもいつでも訪れていい、自由に過ごしていい場所としてオープンにしている、ということでした。

いつかそこに行きたい、と小6のフジノはずっと願っていました。

今日のお話で知ったのですが、そこを訪れた人々の中にはブルーハーツや西原理絵子さんや辻仁成さんや尾崎豊さんもいたそうです。

大好きな本の著者というだけで顔も見たことが無い存在ですが、20年くらい前から『教育ジャーナリスト』しての保坂さんを尊敬してきました。

それが知らないうちに『政治家』なんかになってしまって(涙)。
 
早いものでもう10年も経つのですね...。

そんなことを書いているフジノも今は『政治家』だなんて(涙)。
 
しかも、もうすぐ転職丸5年(涙)。

・・・人生って分からないよなあ。

小5くらいから尊敬していた人に33才になってお会いすることができるなんて、なかなか無い。

今日のイベントに協力していた団体の名前が『保坂展人と元気印の会』だったので

「もしかしたら保坂さんに会えるのかな?」

と思っていたら、本当にお会いすることができました。

かなりうれしかったです。



僕たちは変わらなければならない/Youth Talk「性的マイノリティと教育」へ(その2)

前の記事から続いています)

性的マイノリティとは何か?

そもそも『性的マイノリティ』=『LGBT』とは何でしょうか?

すさまじく省略して書くと、こんな感じです。

Lは、レズビアン。

Gは、ゲイ。

Bは、バイセクシャル。

Tは、トランスジェンダー。

レズビアンの方々は、女性が好きな女性。

ゲイの方々は、男性が好きな男性。

バイセクシャルの方々は、男性も女性も好き。
 
トランスジェンダーの方々は、体の性別と自分が認識している性別が一致していない。

本当は『性的マイノリティ』=『LGBT』ではありません。

『LGBT』というのはわずか4つの在り方を省略した単語に過ぎません。

メディア向けに分かりやすく省略した単語だとフジノは受け止めています。

実際には、性的指向・性自認の在り方はもっと様々で人の数だけ多様なのですね。

もう1つ、『性的マイノリティ』という単語についてです。

『LGBT』を人数的な側面から見ると、『少数派』=『マイノリティ』とされています。
 
そこで『性的マイノリティ』と呼ばれています。

フジノはこの呼び方そのものが好きではありません。

では、「『マイノリティではない』=『マジョリティ』は何か?」というと

S、ストレート。異性が好き。
 
体の性別と自分の認識している性別が一致している。

という状態の人々ですね。

この状態の人々が今の社会では多数派なので(多数派だと考えられているので)、そうではない人々はかなり厳しい状況に追い込まれている訳です。



実際は「性的マイノリティ」ではなく「性的バラエティ(多様性)」です

フジノは『性的マイノリティ』という表現は事実を表していないし、キライです。

いわゆる性的マイノリティとされる方々は、世界の人口の3~10%以上存在していると推計されています。

10人に0.3~1人も存在している方々をマイノリティと呼ぶこと自体がおかしいです。

いろいろな在り方があってこその人間であり、様々でバラバラであってこそ社会が成り立っていくべきです。

ある方が言っていた

『性的マイノリティ』ではなくて『性的バラエティ(多様性)』なのだ

という言葉がフジノにはしっくり来ます。

そのような理由から、フジノはこの単語をつかいたくありません。

ただ、

「『いわゆる性的マイノリティという社会的な状態』に押し込められている人々だとフジノは考えています」

と毎回記すことは文字量が多くて読みづらいです。

加えて、とても悔しいのですが、世間的には『性的マイノリティ』という単語が普及しつつあります。

このホームページが検索でひっかかる為だけにこの単語をつかいます。

そこで妥協策として『いわゆる性的マイノリティとされる方々』と記します。

もっと良い表記法が見つかれば、すぐに直したいと思います。



性的マイノリティであることは何の問題も無い。では、何が問題なのか?

人はみんな大切な人と幸せに生きる権利と義務がある、とフジノは考えています。

でも、それが難しい状況に追い込まれている。
 
いや、それ以前に、生きていくことさえ難しくなってしまっている。

これが問題なんです。

例えば、去年2007年12月9日に報道された岡山大学大学院教授・中塚幹也教授の調査によると...

岡山大学病院を受診した全国661人に聞き取り調査

  • 「自分の性に違和感を自覚したのは小学生時代」と回答した方がほとんど

  • 回答者の4人に1人が不登校を経験

  • 回答者の5人に1人が自傷行為・自殺未遂を経験

  • 回答者の68%が自殺を考えた

岡山大学病院患者調査「68%自殺考えた」

岡山大学病院患者調査「68%自殺考えた」


この結果は、あってはならないと感じます。

この結果が意味していることは

小学校時代から違和感を抱いているのに、不登校や自傷・自殺未遂へと追い込まれたのは、彼ら/彼女らをサポートしてくれする人が存在しなかったからですよね?

何故たまたま『性的マイノリティ』に生まれただけでこんなにも長く苦しみ続けなければならないのかと言えば

それはこの国が『ふつう』であることしか許さない社会だからです。

でも、本当は『ふつう』なんて存在しません。

現実は、「1人1人みんなが違う、誰もが違う」ということです。
 
それなのに「みんな同じでなければダメ」みたいな圧力が、それを受け容れられない人々を排除していくのです。

『性的マイノリティ』だけじゃなくて、いつだってこの国はそうです。

例えば、結婚した女性の多くは

「おこさんはいつ?」

「こどもは作らないの?」

とか言われる。傷ついた方はたくさんいるはずです。

妊娠できない方々がものすごく多いのがこの国の現実なのです。

けれども「みんな同じでなければダメ」圧力は、そんな1人1人の事情を無視します。

『こどもを産む=良いこと』『こどもを産まない=悪いこと』という圧力をかけてきます。

そして、たくさんの人たちが苦しめられています。

では、誰が圧力をかけるのかというと『ふつう』の人々です。

本当は『ふつう』なんて存在しないのに、自分のことを『ふつう』だと信じている人々によってです。

「いろいろな在り方がある」ことを認めない態度が、たくさんの人々を死に追い込むほど苦しめているのです。



あまりにも厳しい現実があります

ちょっと脱線してしまいました。

話を『性的マイノリティ』に戻しますね。

去年2007年9月9日に朝日新聞で報じられた京都大学院医学研究科の日高庸晴客員研究員らが実施した調査によると...

ゲイ・バイセクシャルの男性5731人に対する調査結果

  • 回答者の約半数が学校でいじめにあったと回答

  • 回答者の3人に2人は自殺を考えたと回答

  • 回答者の14%は自殺未遂の経験があると回答

あまりにも厳しい現実があります。

こんな現実は絶対に変えなければいけないですよね?

たまたま生まれたセクシュアリティが理由でこんな差別を受けて苦しまねばならないなんて、おかしいです。



僕たちは変わらなければいけない

こうしたデータとしてあらわれている実態だけでなく、『生の体験』としてあなたも記憶にありませんか?

「おかま」とか「ホモ」という言葉によるいじめ。
 
僕も学生時代、そういう言葉を平気で投げつけてきました(バカで無知でした。本当にごめんなさい)。

でも、そうした浅はかな言葉がたくさんの人を傷つけてさらには不登校や自傷行為や自殺にまで追い込んできたのです。

死ぬ必要の全く無い大切ないのちが『無理解』から失われていくとしたら、それは間違っています。

僕たちは、変わらなければいけません。

人はみんな違う。それが当たり前。

これまで僕たちは、学校の授業の中で『性的マイノリティ』についてきちんと正しい知識を習うことも無かった。

そして、もしも自分が『性的マイノリティ』だとしても誰にも相談できないし、どこにも相談できるところが無かった。

でも、今は明らかに時代は変わりつつあります。

変えていかねばなりません。

性別というものは、生まれた時の肉体の性別だけが全てではありません。

性的な在り方が様々なのは(例えば、ゲイであったり、レズビアンであったりするということは)特別なことでも何でも無いのです。

もしもこれを読んでいるあなたが

「そうはいっても気持ち悪い」

とか

「いや、理解できない」

と思うとしたら、まだあなたは現実を知らないだけなのです。

あなたが今そう思った気持ちやその感じ方だって、これまで僕たちが受けてきた教育によって作られているだけです。

『性的マイノリティ』という事実をこれからの教育の中できちんと教えていく。

あるいは、相談機関を作る、その存在を知ってもらう。

こうした活動によって、『性的マイノリティ』は『性的バラエティ』へと価値観は必ず変わっていくはずです。

僕たちは、変わらなければいけないのです。



性的マイノリティの方を求めています(再再掲)

フジノは『性的マイノリティ』の方を求めています。

これまでも当事者の方々からお話を伺ってきましたが、できることならばもっとたくさんの方々のお話を伺いたいのです。

今日のイベントのおかげで、インカレのサークルにお邪魔させてもらうお願いをしたり、機会は広がりそうな感じはあります。

カミングアウトをしていない方もたくさんいらっしゃるでしょうし、「お話を聞かせてください」とフジノが言ったからといって「じゃあ、話します」なんてカンタンにいかないのは分かっています。

昨日お会いした方も

「フジノさんにメールをしようとずっと思っていたけれど、タイミングが分からなかった」

とお話しされていました。

だから、あなたのタイミングで、もちろん匿名でOKで(カフェトークもいつも匿名でやってますし)

ぜひお話を聞かせてください。
 
よろしくお願いします!

(お話を聞かせていただきたい理由はこちら)

次の記事に続きます)



僕たちは変わらなければならない/Youth Talk「性的マイノリティと教育」へ(その1)

YOUTH TALK「性的マイノリティと教育」に参加しました

今夜は、東京・下北沢まで行ってきました。

『性的マイノリティと教育』という大切なテーマで、トークイベントが行なわれたのです。

コーディネーターは、遠藤まめたさん(『Rainbow Coollege』所属)です。

「Rainbow Collge」ホームページ

「Rainbow Collge」ホームページ


ゲストはこちらの方々です。

今夜のお話を全て録画して下さった島田暁さんがYouTubeで録画を配信しておられますので、ご紹介しますね。

遠藤まめたさんのお話。










石坂わたるさんのお話。




田中和子さんのお話。







福島みずほさんのお話。






居場所が無くてもそれが当たり前なんだと思ってきた
『性的マイノリティと教育』の現在と未来は?

というサブタイトルのこのイベントは、とても重要なテーマで、参加して良かったと感じました。

「取り組むべき問題だ」

と考えていたからこそ参加したのですが、改めてその重要性を認識しました。



面識のない異なる3名からお誘いいただきました

政治家冥利に尽きることなのですが、面識の無い、それぞれ異なる3名の方々から

「このイベントに来て下さい!」

というお誘いをいただきました。

特に、このイベントの紹介記事として、つなさんが書いた文章に心を打たれました。

フジノは、このHPで繰り返しこのように記してきました。

そのおかげで、みなさまからお誘いをいただく前からこのイベントの存在を知っていて関心を持っていました。
 
けれども、改めて3名の方々から頂いたメールのおかげで、さらに『やる気スイッチ』が入りました。

お誘いいただいたみなさま、ありがとうございます。

会場の下北沢Never Never Land

会場の下北沢Never Never Land


会場は、下北沢駅から徒歩5分、『下北沢NeverNeverLand』です。

中の写真を撮らなかったので看板だけだと雰囲気が伝わりませんね。。。

沖縄料理の食べれるライブもできそうな広さのいい感じのお店でした。

ここを貸切にして、50人以上(もっとかな?)の参加者で立ち見もたくさん出ました。

動画からも伝わると思うのですが、ゲスト3名とみんながすごく近い距離で熱気に満ちていました。

「その2」へ続きます)



自傷をする女性たちの生の姿を数年にわたって撮影し続けてきた写真家・岡原功祐さん/ついに写真の全貌を見せていただきました

自傷行為を撮影し続けた写真家・岡原功祐さん

フジノがこころからリスペクトしている国際的な写真家に岡原功祐さんという方がいます。

2005年12月、様々なご縁があって実際にお会いすることができました。

いろいろな接点があり、撮影のお手伝いも少しだけさせていただきました。

撮影のテーマは

自傷行為をされた方々の写真

です。

セルフポートレート(自分で自分を撮影すること)として自傷行為をする自分自身を撮影する人が、最近はインターネット上では増えています。

けれども、岡原さんのようなプロの写真家が『撮られる側』との強い信頼関係のもとで全てしっかりと撮影した写真は、フジノの知る限り、日本で初めてだと思います。

目の前でのリストカット、オーバードーズ、さらには救急車に運ばれていく姿、救急救命センターでの治療の様子・・・。

悲しき自傷行為の一連の流れはフジノにとって見慣れた光景ではあります。

しかし、こうした凄まじい光景をご本人の了解のもとで全て撮影した、ということ自体が大きな衝撃でした。



ついに撮影された写真の全貌を見せていただきました

これまでも数枚の写真は見せていただいたことがありました。

しかし、岡原さんが数年間にわたって撮影し続けた写真は膨大な量にのぼります。その全体像には今まで触れたことがありませんでした。

それがついに今日、都内某所でスライドでの上映会が行なわれました。

都内某所で開催された岡原功祐さんの写真の上映会

都内某所で開催された岡原功祐さんの写真の上映会


本当に内輪のスタッフだけで集まりました。

フジノは『自殺予防対策に取り組む立場の人間』としてここに招かれました。



公開すべきか否か?フジノは「公開すべき」

上映が終わると、岡原さんは、

「そもそもこれらの写真を世間に公開すべきかどうか」

という議論を始めました。

自傷行為を撮影した写真は公開されるべきか否か議論が交わされました

自傷行為を撮影した写真は公開されるべきか否か議論が交わされました


撮影に本人の了解は得ている。

実際の写真も本人たちに見てもらっている。

しかし、広く世間に公開した時に、

「自傷行為をしてしまう方々にネガティブな影響を与えてしまわないか」

と岡原さんは心配したのです。

その心配自体はとてもよく理解できます。

世間にはすぐに「寝た子を起こすな」と叫ぶ人々が存在することをフジノもよくよく承知しています。

しかしフジノの意見は

「絶対に公開すべきだ」

というものでした。

セルフポートレートのような生易しい写真ではなく、『フジノが本当に見てきた現実の姿』が写真になっている訳です。

「このリアルな現実はむしろ広く世間に公開されるべきだ」

と、フジノは考えたのです。

結論は、今日の時点では持ち越しとなりました。

ただ、フジノの考えは「公開すべきだ」で迷いはありません。

リストカット・オーバードーズなどの自傷行為は多くの誤解を受けています。

世間の持つ誤解を解いて、自傷の持つ意味を正確に理解してもらえるようになる為にも、こうした作品が公開されるべきだとフジノは信じています。



ずっと注目していた写真家・岡原功祐さん。なんと彼のお手伝いをすることになりました!/シンクロニシティ、あるいは努力の結晶?

注目の写真家・岡原功祐さん

とても注目している写真家がいます。

です。

しばらく前のこと、全国的な活動をしているNPOで働く友人Tさんを介して、岡原さんの存在を知りました。

「いつかこのHPでも紹介できれば」

「いつかご本人とお会いできれば」

と、願ってきました。

彼は20代なかば、ドキュメンタリー写真家としてコロンビア・スーダン・南アフリカなどで撮影を行なってきました。
 
その写真は、秀でたものがあるとのことでした。さらにエピソードの数々には驚かされることばかりでした。

けれどもフジノの関心を引いたのはこれらのことではありません。

もっと僕の関心を釘づけにしたのは、なんと・・・。

彼は、自傷をする方々の撮影を継続して行なっているというのです。

『自傷行為の撮影をする』ということは、相手とのあいだにすさまじい信頼関係(ラポール)がつくられていなければ、絶対に不可能です。

これまでフジノはたくさんの方々の相談にのってきましたが、撮影なんて考えたことすらありませんでした。

そもそもそんなことが可能だと想像すらしたことがありませんでした。

よほど、人として相手に寄り添うことができなければ、あるいは自分自身が時にその渦中に身をさらす決意が無ければ、絶対に不可能です。

「いつか、彼に会ってみたい」

「いつか、彼の写真を見たい」

そんな気持ちを抱きました。

けれども、この気持ちはじっと寝かせておくことにしました。

何といっても僕自身がどうにもならないくらいに忙しく、彼もまたすさまじく忙しく世界を飛び回っていると聞いていたから。



シンクロニシティ、あるいは努力の結晶

そんな岡原さんと、なんと来年1月にお会いすることになりました!

詳しいことはまだ記せないのですが、撮影に関わるささやかなお手伝いができそうです。

僕はこころの中で「いつか会えたら」と願うのみで、「いつかその時期が来るだろう」と信じながら、待っていました。

それが向こうからやってきたのです。

まさに、シンクロニシティ。あるいは日々の努力の結晶かもしれません。

いずれにしても、ここ数日しばしば彼と彼の写真のことを何度も何度も考えていたので、その想いが叶ったことに驚きと喜びを感じました。

(岡原功祐さんのHPはこちら



またTVに出演します

実は、TVに再び登場する可能性が高くなりました。

これは完全に決まりしだい、すぐにお伝えしたいと思います。

前回は『スーパーJチャンネル』出演の告知が遅くて「見られなかった」というお叱りを受けました。

けれども今回の取材は、あらかじめ早く伝えておきたいと思います。

メインで僕自身が出ることはありません(それはいつも望んでいません)。

取り上げられるテーマが、僕の全身全霊をかけて真剣に取り組んできたことなのです。

やっと取り上げられるかと思うと本当に良かったです。