「こんな夜更けにバナナかよ」著者の渡辺一史さんとともに「障害者は生きる価値があるのか?」との問いについて6時間ぶっとおしで語りあいました/浅野史郎先生の障害福祉論ゼミへ

日々忙しくてブログを更新するまもなく時間だけが過ぎていく毎日です。

せめて写真だけはアップして、後日、ブログ記事として完成させようと思います。

7月3日、渡辺一史さん(『こんな夜更けにバナナかよ』著者)と6時間も語り合うことができた特別な機会についてです。

とにかくいろいろなことを語り合ったので、文章を後日ぜひ記したいと思います。

今年1月1日にフジノは映画『こんな夜更けにバナナかよ』を観ました。

まさかそれから半年後に、映画の原作者である渡辺一史さんとお会いすることができるとは思いもしませんでした!

神奈川大学正門にて

神奈川大学正門にて

鹿野靖明さんと渡辺一史さん

鹿野靖明さんと渡辺一史さん

渡辺一史さんのお話に聴き入る浅野史郎先生

渡辺一史さんのお話に聴き入る浅野史郎先生

「あなたならたばこ介助をする?しない?」

「あなたならたばこ介助をする?しない?」

鹿野さんを囲むボランティアのみなさんの写真の中には若き日の渡辺一史さんご自身の姿も。

鹿野さんを囲むボランティアのみなさんの写真の中には若き日の渡辺一史さんご自身の姿も。

浅野史郎先生と渡辺一史さんと。豪華ツーショットですね

浅野史郎先生と渡辺一史さんと。豪華ツーショットですね

渡辺一史さんとフジノ

渡辺一史さんとフジノ

著作にサインをしていただきました

著作にサインをしていただきました

浅野史郎先生行きつけの居酒屋にて

浅野史郎先生行きつけの居酒屋にて

より語りが熱くなる渡辺一史さん

より語りが熱くなる渡辺一史さん

浅野史郎先生がわざわざ横須賀を訪れて下さいました/こころの師匠の来訪に感激と恐縮の気持ちでいっぱいです

なんと浅野史郎先生が横須賀を訪れてくれました!

市議会議員選挙の投開票日の翌朝(4月22日)。

アサノ先生(浅野史郎先生)に当選報告のお電話をかけたところ、

「フジノさん、いつもこっちに来てもらってばかりだから、今回は私の方からお祝いに横須賀に行くよ」

と言われてしまいました。

これはフジノにとってあまりにも衝撃的なお言葉でした。

過去にアサノ先生が横須賀にいらしたことは複数回あります。

フジノはその全ての機会に立ち会ってきました。

いずれも講演会シンポジウムのメインスピーカーとしての来訪であり、ホールクラスの会場はいつも満員になりました。

そんな存在がアサノ先生です。

「アサノ先生が自分の当選祝いやねぎらいの為にわざわざ横須賀を訪れるなんてことはあってはならない」

率直にそう感じたフジノは全力で繰り返し固辞しました。

しかし決意を固めたアサノ先生を翻意させることは難しく(長年のおつきあいでとてもよく知っております)、僕は根負けしました。

アサノ先生の横須賀来訪が決まってからは毎日とにかく緊張しかありませんでした。

そもそもどんなお店を予約すれば良いのか。悩みに悩みまくりました。

アサノ先生は高級料理店を好きではありません(そういう所に入っていくのを見たことがありません)。

慶応大学SFCで教授をしておられた頃にはゼミの学生と一緒に焼き鳥屋さんに行きつけていました。

それでは『中央酒場』にしようか?

それとも焼き鳥『相模屋』の2階にしようか?

せっかく横須賀にいらっしゃるならば、地元のお野菜やお魚を食べていただきたい。

でも限られた時間の中で、走水や佐島のように横須賀中央駅から離れたところにお連れするのは難しい。

迷い続けました。

最終的に、横須賀中央駅そば、地元の野菜と魚がウリの人気店『オーシャンダイニングKUROFUNE』に決めました。

5月1日に予約を完了したのですが、それから2週間、緊張が止まりませんでした。

そしてついに今日がやってきてしまいました。

アサノ先生です!

アサノ先生と乾杯

アサノ先生と乾杯


いざお会いしてしまえば、あっという間の3時間半でした。

温かくて、優しくて、包容力があって、アルコールが入っていようと常に頭は切れていて、ジョークを飛ばさずにはいられないアサノ先生なのでした。

ふだんはアルコールを飲まないフジノも今夜ばかりはビールをおつきあいさせていただきました。

浅野史郎先生、本当にありがとうございます!



フジノの「こころの師匠」=浅野史郎先生

今回の選挙。

フジノは立候補すべきか否か、ギリギリまで悩んでいました。

その率直な想いはブログ記事でも報告させていただいた通りです。

どれだけ多くの市民の方々が立候補を期待して下さっても、迷いは消えませんでした。

当時の僕にはあまりにもたくさんの悲しい出来事が押し寄せていたからです。

もう1度立ち上がれる自信がありませんでした。

それでも最後に立候補を決めたのは、心の師匠のひとことが背中を押して下さったからでした。

「胸を張って立候補しなさい」

と。

『こころの師匠』とは、浅野史郎さんです。



アサノ先生とフジノの27年という日々

高校2~3年の僕には取るべき手段がこの2つしか分かりませんでした。

  • 臨床心理学や精神医学を学び研究によって現実にアプローチしていく道
  • 心理カウンセラーやセラピストになって目の前のおひとりおひとりにアプローチしていく道

しかし、すでに大学1年の5月には、絶望していました。

自分が歩もうとしている道では、現実を変えるのには全く時間が足りないことに気がついてしまったのです。

現実社会はとても厳しく、いっぱしの研究者になるにも現場でベテランのカウンセラーになるのも時間が膨大に必要な上に、もしもそうなれたとしても法律や制度を変えることができる訳ではないことに気が付きました。

そんな18才の時に大学の図書館で1冊の本に出会い、アサノ知事のことを知りました。

フジノが18才の時に出会った浅野史郎さんの本

フジノが18才の時に出会った浅野史郎さんの本


厚生省で障がい福祉課長としてグループホームの制度化をした人ー。

調べれば調べるほどいろいろな制度や仕組みの成り立ちを調べていくと、必ず浅野史郎さんの名前が出てきました。

「そうか、アサノさんのように厚生省に入省して全力で働けば、法律や制度を変えたり新たな仕組みを作ることができるのか」

と第3の道を見つけたのです。

僕にとっては、まさに天啓でした。

厚生省に入ってアサノさんのように働くのだと思いました。

それからいろいろな出来事があって、フジノは厚生省に入省する道は断念することにしました。

研究者の道も断り、カウンセラーになることもやめて、ふつうの会社員として働いていく道を選んで、幼い頃からの夢だった映画の仕事に就きました。

働きはじめて5年が過ぎた頃、再び人生の転機が訪れて、僕は政治家になりました。

アサノさんが厚生省を辞めて知事として政治家になったように、フジノも政治家の道へと進むことにしたのです。

2度の人生の転機において、アサノさんの存在はフジノを導いてくれました。

もちろん1度もお会いしたことはありませんので、フジノが一方的に尊敬をしていただけなのです。

そこで『心の師匠』と僕は呼んでいます。

フジノが政治家になった直後、どうしてもアサノさんにお会いしたくて横浜での講演会を終えたところを控室に押しかけて会っていただきました。

それ以来、あらゆる機会を見つけてはアサノさんにお会いしていただくことができました。

2004年12月4日には、正式に横須賀市のイベントにアサノ知事をお招きすることもできました。

知事を引退した後もアサノさんはものすごい人生を送りました。

慶応大学SFCの教授となり、東京都知事に立候補したり、多くの方々が亡くなってしまうATLという病気を発症し、闘病生活に入りました。

奇跡の回復後に再び慶応大学SFCに戻り退官まで務められ、さらに神奈川大学の特別招聘教授になり、現在に至ります。

18才でフジノはアサノさんの存在を知り、15年前リアルにお会いすることができてからは少しずつアサノさんに信頼していただけるようになりました。

そして45才の現在、フジノは『アサノ先生の最後の弟子』を名乗らせていただけるまでの関係になりました。

ただ、もともと人見知りのフジノは、尊敬している方のプライベートに入っていこうという気持ちはありませんでした。

(アサノ先生に限らず、交流のある俳優やアーティストの方々と親しくなっても絶対にお酒を飲んだり2人で過ごすことはありません)

いまだにアサノ先生からお電話をいただくと、めちゃくちゃ緊張して手に汗が出て、敬語がおかしくなってしまいます。

だから、こんなにも長い日々を過ごしていながらアサノ先生とふたりきりで過ごしたことはこれまで1度もありません。

今回、長期休職を経て、選挙を目前にしてフジノは途方に暮れていました。

初めてひとりきりでアサノ先生のご自宅にお邪魔しました。

政治家として、ひとりの人間として、全ての本音を聴いていただける方はアサノ先生以外に浮かばなかったからです。

約3時間近くも立候補すべきか否かについてご相談にのっていただいたのでした。

そしてフジノは立候補を決めて当選し、現在に至っているのです。

人生とは不思議な出会いの連続です。

27年も前に1冊の本で出会った存在と、今この横須賀で一緒にお酒を酌み交わしている。

生きていくということは不思議なことばかりです。

アサノ先生、貴重なお時間をありがとうございました!



過去5回の選挙で今回が最も安い費用(初立候補時の半額)で済みました/選挙管理委員会に選挙費用収支報告書を提出しました

*2019年5月24日に第2回収支報告書を提出しましたので合計金額を変更しました

「選挙費用収支報告書」を提出しました

4月に行なわれた横須賀市議会議員選挙収支報告書を選挙管理委員会に提出しました。

選挙管理委員会の受領印が押された「選挙活動費用収支報告書」を持つフジノ

選挙管理委員会の受領印が押された「選挙活動費用収支報告書」を持つフジノ


無事に受理されました。

のちほど詳しく触れたいと思います。

実は、選挙管理委員会事務局のみなさまは(管理職である課長を除いて)ローテーションを取りつつも、ゴールデンウイーク期間も休み無しで出勤を続けて下さっています。

県知事選挙・県議会議員選挙に続いて、市議会議員選挙、さらに夏の参議院議員選挙と、2019年は本当に選挙管理委員会事務局のみなさまにとっては過酷な1年間です。

ミスが無くて当たり前、ささやかなミスでもメディアに叩きまくられてしまう。選挙がある年は残業もすさまじく代休もほぼ取れない。

日頃なかなか選挙管理委員会事務局の仕事が広く知られていないのですが、本当に過酷で激務な部局です。

もしも衆議院の解散総選挙まで重なってしまえば倒れてしまう職員が出てしまうのではないか、とフジノは本気で心配しています。



過去5回の選挙で今回が最も安い費用で済みました

今日提出したのはあくまで第1回なので、正式な合計費用の全額ではありません。

この後、現在はまだ届いていない事務所の上下水道料金の請求と支払いを済ませてそれらを計上した第3回収支報告書で最終的な支出金額は決定します。

それでも、それらを加えてもたぶん1000円も増えないと思います。

現時点で2019年4月の選挙でかかった費用(フジノが実際に使った金額)は7万7,533円でした。

これは過去5回の選挙で最も少ない金額でした。

過去の選挙費用を安い順に並べました
2019年7万6,753円
2011年11万3,396円
2007年11万4,874円
2015年11万8,669円
2003年15万2,503円

つまり初立候補時の半額で今回の選挙を終えました!

今回から初めて選挙期間中にチラシ(4000枚)を配れるようになりました。

このチラシ作成費用を公費負担(候補者に税金から補助を出す)をできるようにする条例改正にフジノは全議員の中でただひとりだけ反対しました。

だから、もちろんチラシは自腹で作成しました。

この分、印刷費は増えました。

けれどもメガフォンは16年前からずっと使い続けているものがあるので、ゼロ円。

事務所の壁に取りつけた看板も4年前に作ったものを大切に保管しておいたので、今回も使い回すことができました。取り付けも自分でやりましたので、ゼロ円。

ポスターを630ヶ所に貼る為には詳細な地図が必要ですが、これまで毎回最新のゼンリン地図帳(3万円くらいします)を買っていたのを止めました。

現在はグーグルマップなどがあるので、過去の地図と現在の実際の姿が変わっていたとしても問題なく対応ができると考えたからです(実際に大丈夫でした)。

もともとフジノは初立候補から、電話かけを一切しません。新聞に広告を掲載もしません。

選挙カーも使いません。選挙期間中は常に外を歩いています。

他の候補者は来客を迎え入れる為に誰かしら事務所に常駐しているケースもありますが、フジノの場合は事務所はほぼ全く使いません。

こうした理由から、そもそも選挙に多額なお金が必要な要素が存在しないのです。



「選挙のやり方」をみれば「当選後の政治家の姿」が分かる

フジノは選挙にお金をかけません。

これは初立候補の時から徹底してきました。

2007年の選挙後には、毎日新聞が当選した43人の選挙運動費用を調査して報じました。

2007年6月26日・毎日新聞より

2007年6月26日・毎日新聞より


この時にもフジノの選挙費用が最安値でした。

最高額410万4977円の方と比べて、フジノは20分の1でした。

たぶん今回も全候補者の中でもとても低い方なのではないかと思います。

何故こんなに徹底して選挙にお金をかけない姿勢を貫いているかというと、

「選挙のやり方」をみれば「当選後の政治家の姿」が分かる

と、フジノの心の師匠である浅野史郎・元宮城県知事(アサノさん)が記しているからです。

これは本当に名言で、事実を言い当てています。

政党や宗教団体に所属したり組合の支援を受けて選挙をすれば、当選した後も政党や宗教団体や組合の意見を尊重する政治家になるでしょう。

選挙活動に多額のお金をかければ、当選した後も次の選挙の為にお金のかかる政治活動をするでしょう。

だからフジノは絶対に生涯を通じて無所属を貫くことを宣言していますし、この5回の選挙をなるべく安いお金で終えることを実践しました。

つまり、特定の人々の代弁者ではなく広く市民全体の声を代表し、最後はフジノ自身の責任で全てを決断することができます。

さらに、お金にふりまわされずに政治家として常に清廉潔白で居ることができます。

師匠といっても何かをじかに学んだ訳ではありません。

アサノさんが書いた本を大学時代の18才の時にフジノが読んで、心を打たれて一方的に慕っているだけです(だから『心の師匠』なのです)。

それから27年も経ちますが、今でもアサノさんの言葉はフジノにとって大切に感じています。

「胸を張って立候補しなさい」

とおっしゃって下さった心の師匠に恥じないように、フジノは今回の選挙もしっかり終えることができたと思います。

すでに当選直後からずっと働き続けていますし、5期目の任期もしっかり全力を尽くしていく覚悟です。



2019年の初映画は「こんな夜更けにバナナかよ」を元日夜に観ました/障害者自立生活運動がエンタメのおかげで世間一般に知られるようになるかも!

2019年最初の映画は元旦のレイトショーでした

元日夜もいつもどおりに『ひとり自殺対策街頭キャンペーン』を終えました。

そのまま大急ぎで、映画館『横須賀HUMAXシネマズ』へ向かいました。

映画「こんな夜更けにバナナかよ」を観ました

映画「こんな夜更けにバナナかよ」を観ました


映画『こんな夜更けにバナナかよ』を観る為です。

2019年の初映画です

2019年の初映画です


昨年12月28日から公開が始まったのですが、

「2019年の初映画はこの作品にしよう!」

と決めていました。



実話が映画になりました

この映画は、実話です。



そもそもの原作は『こんな夜更けにバナナかよ〜筋ジス・鹿野靖明とボランティアたち〜』(渡辺一史著、北海道新聞社、2003年)という本です。

ちょうどフジノが政治家に転職した年に出版されたので16年前の本です。

こんな夜更けにバナナかよ

こんな夜更けにバナナかよ


平坂書房モアーズ店の福祉本コーナーで見つけて購入しました。

とてもぶあつい本です。奇抜なタイトルで一瞬目を引きますが、下の2つの重要な賞を受賞している本格派ノンフィクションです。

  • 第25回(2003年) 講談社ノンフィクション賞受賞
  • 第35回(2004年)大宅壮一ノンフィクション賞受賞

素晴らしい本ですが、残念ながら福祉関係者以外は絶対に読まなさそうな本でした。

それが16年を経て、松竹のおかげで映画化されました。

しかも人気俳優と実力派俳優がたくさん集まって、一流のエンターテインメント作品に仕上がりました。

映画は原作からだいぶデフォルメされていますが、大切なエッセンスは失われていません。

むしろ、大切なエッセンス以外の部分がデフォルメされたおかげで、より分かりやすくなっています。とても良い作品でした。



障害者自立生活運動は鹿野さんのおかげで世間に知られるようになるかもしれない

1970年代、日本とアメリカなどで世界同時多発的に『自立生活運動』というムーブメントが起こりました。

障がいがある方々が人生の全てを病院・施設の中で終えるということが当たり前、そんな現実を当事者自らが打ち破る活動です。

特に、脳性マヒによる全身に重い障がいのある方々が中心となって、施設ではなく地域で生活していく為の運動を実践していきました。行政に働きかけるだけでなく、自ら地域社会で暮らすことで総合的な福祉サービスを実現していきました。

中心となって活動してきた団体としてフジノの頭に浮かぶのが、神奈川県では『青い芝の会』、北海道では『札幌いちご会』です。

『札幌いちご会』=『小山内美智子さん』というのがフジノの頭に浮かぶ図式です。たぶん、障がい福祉の世界に居る人々の多くが同じように考えていると思います。

小山内美智子さんはたくさんの著作も出版して、自立生活運動のヒロインでした。

2018年12月、小山内美智子さんと。

2018年12月、小山内美智子さんと。


渡辺一史さんの著書『こんな夜更けにバナナかよ』の主人公である鹿野靖明さんは、この『札幌いちご会』のメンバーのお1人でした。

ただ、小山内美智子さんの圧倒的な存在感に比べると、鹿野さんはリアルタイムではあまり知られていなかったように思います。

鹿野さんは何本かのニュースに報じられたりはしていたとはいえ、この本が出版されなければほとんど世間に知られることは無かったと思います。

さらに、この映画が作られたことによって鹿野さんの存在だけでなく、自立生活運動が広く世間に知られるようになるのではないかとフジノは強く期待しています。

障がい福祉の世界では『自立生活運動』は必ず学ぶ重要な事柄です。

でも世間の人には全く知られていません。

けれどもこの映画がヒットすれば、広く世間一般の方々に『自立生活運動』が知られるようになるかもしれません。

エンタメは大きな力を持っています。

ぜひ大ヒットして、鹿野靖明さんの生き様と『自立生活運動』が後世に語り継がれるようになってほしいです。



裏話・アサノ先生と鹿野靖明さんとのご縁

ネタバレではありません。映画の背景のお話です。

この映画の中で鹿野靖明さんが暮らしている『ケア付き住宅』は、1986年に北海道が独自に創設しました。

小山内美智子さんら『札幌いちご会』の長年にわたる活動が実ったものです。

重い障がいがあっても地域で自立して暮らせる公営住宅の実現を求めて陳情の為に北海道庁に訪れた小山内美智子さん。

実は、小山内さんの対応をしたのが、厚生省から北海道庁に出向して障害福祉課長を務めていた当時37歳のアサノさん(浅野史郎・元宮城県知事)だったのは有名な話です。

ここから先は、裏話です。

当初、『ケア付き住宅』では鹿野靖明さんのように全介助が必要な方の入居は認められていませんでした。

そこで北海道庁のアサノ障害福祉課長は、公営住宅の所轄官庁である建設省に陳情に訪れて、ようやくOKが出て、鹿野さんの入居が実現したのです。

アサノ課長が建設省を訪問した時、対応した相手は、市川一郎課長という方でした。

著書『こんな夜更けにバナナかよ』には、浅野史郎障害福祉課長に関する言及は一言もありません。

けれども、もしもアサノさんが出向していなければ、鹿野さんの『ケア付き住宅』入居は実現しませんでした。

鹿野さんの入居が実現しなかったならば、この本も書かれることはなく、この映画も製作されることは無かったのです。運命は不思議ですね。

アサノ障害福祉課長は厚生省に戻りました。

1993年には、23年7ヶ月に渡る厚生省務めを辞めて、宮城県知事選挙に出馬、当選しました。

1997年には、2期目の選挙に出馬しました。

その時の対立候補は、参議院議員になっていた市川一郎さん(元・建設省課長)だったのです。

アサノさんの出向と同じく、もしも市川一郎さんが建設省に居てくれなければ、鹿野さんの入居も実現していなかったかもしれないのです。

運命の皮肉をフジノはつくづく感じました。

元旦からとても素晴らしい映画を観ることができました。

きっと今年は良い年になるはずです。

イオン横須賀店のリニューアルによって、『横須賀HUMAXシネマズ』は閉館してしまいます。

今年リニューアル工事がスタートして休館するイオン横須賀店

今年リニューアル工事がスタートして休館するイオン横須賀店


リニューアル工事の始まる4月まで、あと何本の映画をここ『横須賀HUMAXシネマズ』で観られるのかな・・・。



後日追記:6ヶ月後に著者の渡辺一史さんとお会いする機会に恵まれました

人生とはフシギなものです・・・。

半年後の7月3日、映画の原作者・著書『こんな夜更けにバナナかよ』の著者である渡辺一史さんとお会いする機会に恵まれました。

渡辺一史さんとフジノ

渡辺一史さんとフジノ


つくづく運命の不思議を感じます。



浅野史郎さん新著「明日の障害福祉のために」出版記念フォーラムにお招きいただきました/出版・叙勲・●●のトリプルお祝い会になりました

東京・神保町「学士会館」へ向かいました

夕方から東京・神保町の『学士会館』へ向かいました。

学士会館へ向かいました

学士会館へ向かいました


浅野史郎さん(アサノ先生)の新刊出版記念フォーラムに参加する為です。

アサノ先生は今年10月10日に新著『明日の障害福祉のために―優生思想を乗り越えて―』(浅野史郎著、ぶどう社、2018年)を出版されました。

アサノ先生が新たな本を出版するのは「そろそろ出版パーティーを開いてみんなと集まりたいから」というのは、アサノファミリーの共通認識となっています。

前回の出版記念パーティーからそろそろ2年が経ちます。

すでに出版を知っていたフジノは、9月頃からアサノ先生からお電話をいただくたびに

「先生、今回は出版記念パーティーはいつですか?」

「先生、出版記念パーティーはやらないのですか?」

と催促していました。

かつては緊張して話しかけることさえできなかったフジノですが、少しずつ図々しくなりました(笑)

招待状をいただきました

招待状をいただきました


そして、無事に招待状も頂くことができました。

出版記念フォーラム会場前にて

出版記念フォーラム会場前にて


ついに今日が出版記念の集まりなのでした。



今回は「パーティー」ではなく「フォーラム」です

「今回はパーティーじゃなくて、関わりの深い方々に登壇してお話してもらおうと思うんだよね」

とお聴きしていたのですが、今夜はまさに素晴らしいフォーラムになりました。

開会のあいさつ

開会のあいさつ


アサノ先生と関わりの深い方々がステージにあがって、おひとりずつ自らの活動とアサノ先生との関わりをお話ししました。

フォーラムが始まりました

フォーラムが始まりました

(*みなさまのお話はそれぞれ深く胸に響くものばかりでしたが、ブログでは省略いたします。ごめんなさい)

ぶどう社の市毛さやかさん

ぶどう社の市毛さやかさん


お父さまの跡を継いでぶどう社を経営しておられる市毛さやかさん。

小山内美智子さん

小山内美智子さん


フジノが尊敬してやまない、小山内美智子さん。

田島昭久さん

田島昭久さん


アサノ先生の盟友、アサノ知事の右腕、入所施設解体宣言の田島昭久さん。

日浦美智恵さん

日浦美智恵さん


重度心身障がいのある方々の通所施設を制度化につなげた立役者、日浦美智恵さん。アサノ課長と日浦さんが出会っていなければ実現していなかったかもしれません。

村木厚子さん

村木厚子さん


冤罪で拘置所に150日も勾留されたつらい体験を持つ、村木さん。闘病中だったアサノ先生は冤罪を晴らす運動を必死に応援しておられました。その後、村木さんは厚生労働事務次官になられました。

神奈川大学4年の学生さん(ごめんなさい、お名前を失念しました)

神奈川大学4年の学生さん(ごめんなさい、お名前を失念しました)


神奈川大学3年の時にアサノ先生の『地方自治論』で障がい福祉の魅力に目覚めて、そして今年、藤沢育成会に入職を決めた素晴らしい学生さん!



実は、トリプルのお祝い会となりました

今回の出版記念フォーラムは、アサノ先生にとって本当に素敵な3つの出来事をお祝いする機会となりました。

旭日重光章

旭日重光章


新著の出版に加えて、上の写真のとおり、旭日重光章の叙勲を受けたのです!

さらに●●も重なり、まさに嬉しいことの連続でした。

みなさんと。

みなさんと。


会場に集まったアサノファミリーのみなさまは福祉の世界でその名が轟くすごい方々ばかりです。

今日もたくさんの方とお話をさせていただき、とても勉強になりました。

浅野史郎さんらと一緒に。

浅野史郎さんらと一緒に。


フジノは末席を汚す存在に過ぎませんが、『アサノ知事の最後の弟子』(*本人公認)としてこれからもしっかりと頑張っていこうと思いました。

浅野光子さん、小山内美智子さんと。

浅野光子さん、小山内美智子さんと。


アサノ知事と市議フジノでは全く比べ物にはならないのですが、改革派知事として全国に知られたアサノ知事の遺伝子が確実にフジノの中には流れていると思います。

誰が相手であろうと、常に信念を貫いて働き続けてきました。

こうして定期的にアサノ先生にお会いする機会に恵まれることもあり、「アサノ先生、こんなことも実現することができました」と報告できるのが毎回フジノの励みになっています。

アサノさんの閉会の言葉

アサノさんの閉会の言葉


今夜もアサノ先生のお元気な姿に触れて、改めてこれからも全力で働いていこうと感じました。

そして、今日お話しして下さった障がい福祉の大先輩のみなさま、ありがとうございます。

みなさまから受け取ったバトンは必ず次の世代へと良い形でつないでいきます。

どうかこれからも厳しく見守っていて下さいね。

アサノ先生、みなさま、ありがとうございました。



浅野史郎教授の「地方自治論Ⅱ」でゲストスピーカーを務めました/神奈川大学法学部・人間科学部のみなさま、ありがとうございました(2018)

神奈川大学・浅野史郎先生の「地方自治論Ⅱ」へ

今日は、横浜の白楽にある神奈川大学へ向かいました。

神奈川大学へ

神奈川大学へ


浅野史郎教授(アサノ先生)の講義『地方自治論』に、ゲストスピーカーとしてお招きいただいたのです。

全国に改革派知事として知られたアサノ先生

全国に改革派知事として知られたアサノ先生


『障がい福祉』と『地方自治』という2つのライフワークを持つアサノ先生は、大学でもこの2分野でゼミと講義を担当しておられます。

宮城県知事を3期12年務めて全国に『改革派知事』としてその名が知られ、『地方自治』の著書もたくさんあるアサノ先生。

浅野史郎先生とフジノ

浅野史郎先生とフジノ


そんな先生の前で、僭越ながらフジノは、16年間の地方議員としての経験と経験を通じた地方自治への想いを語ってきました。



アサノ先生の講義に招かれることの「意味」

アサノ先生とフジノの関わりについてはぜひこちらをご覧下さい。

アサノ先生の存在を知ってから26年が経ちました

アサノ先生の存在を知ってから26年が経ちました


大学1年生の時にアサノ先生の存在を知ってから早いものでもう26年が経ちますが、じかにお話をできるようになった今でもいつも緊張で身が引き締まります。

緊張の面持ちのフジノ

緊張の面持ちのフジノ


アサノ先生の人脈は広く、ゲストスピーカーは常に入れ替わります。ゲストスピーカーの人数や誰が担当するかはアサノ先生がお決めになります。

そんな中、2013年から5年連続でゲストスピーカーのご指名を頂いています(大変ありがたいことです!)。

フジノ、緊張の登壇です

フジノ、緊張の登壇です


お声がけいただけることは、フジノの仕事ぶりがまちがっていなかったとのアサノ先生からの評価だと感じています。

『アサノ知事の最後の弟子』を自認する政治家フジノにとって、最高の栄誉なのです。



教室は満員、熱心な学生が約280名!

教室は、満席の約280名。

約280名の学生のみなさん

約280名の学生のみなさん


アサノ先生の講義は単にユーモアたっぷりで楽しいだけではなく、しっかり学びたい学生たちの味方であるという姿勢をハッキリと打ち出しています。

講義後に学生たちが提出するリアクションペーパー(約300枚)の全てを読むのは当然のこと。

次回の講義までにリアクションペーパーをもとにレジュメを作成して学生たちに配っているのですが、その内容がすごいのです。

  • 漢字の誤字を全て訂正する
  • 前回の講義内容が正確に理解されていない場合、丁寧に説明する(今回は7点ありました)
  • 講義の講義内容への質問に対して、丁寧に回答する(今回は28問ありました)
  • リアクションペーパーの記述が優れていた生徒名を挙げ、評価する
  • 宿題の結果が優れていた生徒名を挙げ、評価する
  • ミニテストが満点だった生徒名を挙げ、評価する
  • 次回の宿題を出す(今回は2問ありました)

今日は、A4の両面6ページ(合計12ページ)にびっしり文字が書かれていました。こんなレジュメを毎回作成しています。

膨大な文字量のレジュメ

膨大な文字量のレジュメ


様々な月刊誌にも連載しておられるのにこんなに大変な作業を毎週できるのは、本当に若き学生たちの将来を想っておられるからだと感じます。

そのかわり、あまり熱心でない学生たちには厳しくて、出席チェックも厳しく、私語・居眠り厳禁で、アサノ先生はふつうに怒ります(今の時代、怒れない先生も増えましたよね)。

ただの280名ではなく「熱心な280名」

ただの280名ではなく「熱心な280名」


こうした評判は、歴代の学生たちに引き継がれています。

だからアサノ先生の講義をあえて選んでいる学生さんたちは、毎年、熱心な学生ばかり。

この280名は単なる『聴衆』ではなく、『熱心なひとりひとりの集合体』としての280名です。

教室の真ん中からでも教壇のフジノはこんな小さくしか見えません

教室の真ん中からでも教壇のフジノはこんな小さくしか見えません


毎回とても緊張するのですが、心地よい緊張感をくれる学生さんたちです。



2つの意味で新たなチャレンジでした

今回は、フジノにとって初めて前期の『地方自治論に引き続いての登壇でした。

前期・後期ともに呼ばれたのは初めてです。

さらに『地方自治論』にお声がけを頂いたのも初めてでした。

「地方自治論Ⅱ」シラバス

「地方自治論Ⅱ」シラバス


『〜』は、あらかじめ『〜』を修了した学生しか受講できません。

つまり、基礎知識を理解した学生に対するワンステップ上の講義となります。フジノに求められる内容は『〜Ⅰ』とは異なります。

フジノひとりきりでゲストスピーカーを務めました

フジノひとりきりでゲストスピーカーを務めました


しかも『〜Ⅰ』の時は複数名のゲストスピーカーでしたが、今回はフジノひとりきりです。

全力で語りかけました

全力で語りかけました


とても重い責任を感じました。

弟子を見守る師匠

弟子を見守る師匠


その役割をフジノに任せて下さったアサノ先生の期待に全力でお応えしたいと感じました。



アサノ先生から与えられたテーマ

事前にアサノ先生から「講義で必ず触れてほしい6つのテーマ」を挙げていただいていました。

「フジノの16年間の経験でしか話せないこと」と「地方自治の本旨」をしっかり語りました

「フジノの16年間の経験でしか話せないこと」と「地方自治の本旨」をしっかり語りました


この6つです。

  1. 市議会議員選挙について
  2. 市議会について
  3. 議員と市長の関係について
  4. 議員と市役所職員の関係について
  5. 議員と市民の関係について
  6. 二元代表制における議会の役割について

学生さんで満杯の部屋の中を歩きながらお話しました

学生さんで満杯の部屋の中を歩きながらお話しました


「選挙にはカネがかかるもの」

というイメージが世間には蔓延しています。

しかしこのイメージをもたらしたのは『現実の政治家のふるまい』です。フジノはそれを変えたいという想いを行動で示してきました。

フジノの過去4回の選挙費用

フジノの過去4回の選挙費用


フジノは、過去4回の選挙とも10万円台しか使わなかったことをお話ししました。

また、選挙カーも使わないし、当然ウグイス嬢もいませんし、事務所は形だけで常駐する人もいないし、電話かけもしないし、ハガキも出さないし、握手も絶対にしない、という自己流を貫いてきました。従来の政治家の選挙のやり方を、全て否定しました。

ふだんもまちなかに看板を出さないし、後援会も作りません。

学生のみなさんにどんどん話しかけさせていただきました

学生のみなさんにどんどん話しかけさせていただきました


選挙でフジノは絶対に「よろしくお願いします」「僕に投票して下さい」「最後のお願いです」などの言葉を使いません。ひたすら政策を語るだけです。

それは、知事時代のアサノ先生の言葉が念頭にあったからです。

「政治家の4年間は、選挙のやり方ですでに決まっている」

つまり、有権者に媚びてお願いして当選すれば、当選後も有権者に頭があがらず言いなりになる、という意味です。

「政治家の4年間の在り方は、選挙のやり方ですでに決まる」

「政治家の4年間の在り方は、選挙のやり方ですでに決まる」


だからフジノは政党にも絶対に入らないし、後援会も作らないし、ひとりきりでひたすら政策を訴える選挙を続けています。そのおかげで当選後は常に自分の意思と責任に基づいて、自由に発言をすることができています。

自由な反面、とても苦しいことも多いのですが、ハッキリと良かったと感じています。

そんな訳で、フジノは浅野史郎流の選挙をさらに純化させて貫いたものなのです。『浅野史郎知事の最後の弟子』を名乗らせていただけるのも、こうした生き方だからなのだと思っています。

さてフジノはどこでしょう?

さてフジノはどこでしょう?


議員と市役所職員の関係については、特に丁寧にお話しさせていただきました。

フジノの提案が横須賀市で実現して、さらに全国に波及したものがたくさんあります。

これらは確かに提案したのはフジノです。しかしその実現や日々の取り組みは、市役所職員のみなさんの尽力が無ければ不可能です。

行政の仕事をチェックするのも議員の仕事ですが、一方でフジノにとっては大切な仲間だという想いがとても強くあります。ともに政策を語りあう、苦しんでいる人々の為に力をあわせて支援をする、大切な存在です。

市役所職員と議員との関係について説明しました

市役所職員と議員との関係について説明しました


神奈川大学の学生さんたちの中には横須賀市役所を受験・就職してくれる方も毎年いらっしゃいます。きっと将来一緒に働くことになる方もいるはずです。

とてもやりがいのある大切な仕事で、ぜひ横須賀市役所に来てほしいという想いを強く訴えました。

教室の様子

教室の様子


議員と市民の関係については、最も力を入れて語りました。

政治家は偉くも何ともありません。単なる代表に過ぎません。あくまでもこの国のトップは市民のみなさまです。

つまり、あなたがこの街この国のトップなのです。

そもそもフジノが働いているのは、あくまでも毎日の生活が忙しくて政治にまで手が回らない『市民のみなさまのかわり』としてに過ぎません。

市長はじめ市職員がフジノの質問に答えてくれるのも、フジノが偉いからなどではありません。

フジノが政治家として『市民のみなさまのかわり』として存在しているからです。

また、フジノの日々の仕事も、とにかく徹底して毎日市民のみなさまからご意見を伺うこと、市民の方々からのご相談に耳を傾けることにあることをお話しました。

議会での質問や政策は、ひたすらお聴きし続けてきた市民のみなさまの声を反映させているのだということもお伝えしました。

政治は政治家のものではなく、市民であるあなたのものです

政治は政治家のものではなく、市民であるあなたのものです


今、残念ながら市民のみなさまにとって、自らが主権者だという意識は持ちづらい状況だと思います。そして、政治は遠い存在になってしまいました。税金がどう使われているか、不信感と怒りしかないと思います。

けれども、政治は常にあなたのものであって、フジノたち政治家は単なる代弁者として市民のみなさまの想いを議会の場に反映させる為に存在しており、市民のみなさまの命と暮らしを守るのが政治家の仕事なのだとお話ししました。

そして、政治家は有権者が「使う」ものであることから、フジノは選挙ポスターに「おれを、こきつかえ!」と書いていることもお話しました。

どうかフジノの想いが少しでも届きますように

どうかフジノの想いが少しでも届きますように


アサノ先生が問いかけることにフジノが応えて話を広げていくという形で講義は進みましたが、あっという間の100分間でした。

講義の最後は質疑応答でしたが、たくさんのご質問をいただきました。みなさん熱心ですごく嬉しかったです。



無事に講義が終わりました!

こうして、講義が終わりました。

ここまでフジノは自分で読み返してみて、文字にしてみると恐ろしくマジメで固い内容の講義だったかのように読めてしまうことに気づきました。

そんなことないんですよ〜。

アサノ先生のおかげで、フジノはゲストスピーカーでありながら何度も爆笑していました。

こんな感じです。

アサノ先生のつっこみに爆笑するフジノ

アサノ先生のつっこみに爆笑するフジノ


アサノ先生のコメントに笑うフジノ

アサノ先生のコメントに笑うフジノ


アサノ先生のつぶやきに笑ってしまったフジノ

アサノ先生のつぶやきに笑ってしまったフジノ


2人とも笑顔

2人とも笑顔


教壇の2人が笑顔なので、学生さんたちも笑顔でした。

講義終了後、アサノ先生と。

講義終了後、アサノ先生と。


アサノ先生、本当に貴重な機会をありがとうございました!

神奈川大学のみなさん、拙いフジノのお話を聴いて下さって本当にありがとうございました!

そして、SA(スチューデントアシスタント)のお2人、ありがとうございました。写真をたくさん撮って下さったのが嬉しくて、今日のブログにはめちゃくちゃ画像をたくさん入れてしまいました。ありがとうございました!



神奈川大学のみなさま、「一の会」のカフェにぜひいらしてくださいね

2021年にみなとみらい地区で新キャンパスがスタートする神奈川大学ですが、やっぱり神奈川大学といえば、白楽・六角橋商店街ですよね。

神奈川大学といえば「六角橋商店街」

神奈川大学といえば「六角橋商店街」


神奈川大学の帰り道は、白楽駅前にある『カフェレストラン一』で休憩することにしています。

毎回恒例の「カフェレストラン一」へ来ました

毎回恒例の「カフェレストラン一」へ来ました


こちらのカフェは『NPO法人一の会』が運営しているのですが、和菓子がおいしくてフジノは大のお気に入りなのです。

しかも1年に1回(今回だけ半年ぶり)しか来られないのに、代表の梅林さんがフジノのことを憶えていて下さる。すごい記憶力!

どら焼きとコーヒーをいただきました

どら焼きとコーヒーをいただきました


神奈川大学のみなさま、『カフェレストラン一』にぜひいらしてくださいね。おいしいですよー!



浅野史郎教授の「地方自治論Ⅰ」でDELI議員・江口友子議員とともにゲストスピーカーを務めました/神奈川大学法学部・人間科学部のみなさま、ありがとうございました(2018)

今年も浅野史郎先生「地方自治論」のゲストスピーカーを引き受けることに決めました

今日は6月議会の一般質問の発言通告書のしめきり2日前。

市長への一般質問の原稿の推敲作業もピーク。7日後に始まる6月議会の資料の読み込みの忙しさもマックスです。

本音を言えば、心身ともに疲れ切ってヘトヘトです。

そうした理由から、この時期は対外的な仕事は一切お断りしています。

六角橋商店街のアーケード

六角橋商店街のアーケード


しかし、神奈川大学教授である浅野史郎先生の講義『地方自治論』のゲストスピーカーを引き受けることにしました。

浅野史郎教授「地方自治論」

浅野史郎教授「地方自治論」


このブログを長年ご覧頂いているみなさまはご存知のことですが、フジノにとってアサノ先生は特別な存在なのです。

ご指名とあれば、決してお断りするつもりはありません。

ありがたいことに、今年に入ってすぐに

「フジノさん、今年もゲストスピーカーよろしくね。他の議員さんたちの人選も任せたからね」

とのご依頼をいただきました。とても嬉しかったです。

神奈川大学の正門

神奈川大学の正門


大好きなアサノ先生のお役に立てるのもこれが最後かもしれません。来年の今頃はもう、フジノは政治家では無い可能性が高いです。

そこで、本当に厳しい時期なのですが、今年も引き受けることに決めました。



もちろんお願いしたのは、DELIさんと江口友子さんです!

大学の授業はかつては1コマ90分だったのですが、神奈川大学は今年から100分になりました。

フジノひとりでは100分間もの授業をゲストスピーカーとしてこなすことはできません。

そこで、3名ならば30分ずつというイメージで、2人の議員にゲストスピーカーをお願いすることにしました。

もちろん今年もお願いしたのはこちらのお2人です!

公私ともに心から信頼しているお2人です。お2人ならば、大学生の心をわしづかみにして決して離すことはありません。

フジノが尊敬してやまないアサノ先生を筆頭に、絶大なる自信をもって学生のみなさまにおススメできるDELIさんと江口さん。

2018年も4人が勢揃いしました!

2018年も4人が勢揃いしました!


昨年も同メンバーだったのですが、たぶん他のどの大学であろうと絶対にありえない強力なメンバーです。



いざ、神奈川大学へ!

という訳で、今日は神奈川大学を訪れました。

アサノ先生・江口友子議員・DELI議員、カンペキです。

江口友子さん(平塚市議会議員)

江口友子さん(平塚市議会議員)

DELIさん(松戸市議会議員)

DELIさん(松戸市議会議員)


写真はフジノが撮りましたので、フジノの講義姿はありません(涙)

アサノ先生から出された4つのテーマをお話しました

アサノ先生から出された4つのテーマをお話しました


自己紹介の後は、アサノ先生から4つのお題が出されました。

数百人の学生が聴き入っていました

数百人の学生が聴き入っていました


途中でスチューデントアシスタント(SA)の方にカメラを渡して撮ってもらったのですが、こんなに広い教室(さらに右側に広いです)で数百人の学生たちが、真剣に目を見ながら話を聴いてくれました。

講義終了後も、それぞれの議員のもとに学生さんたちが質問や話しかけに来てくれました。

3人のサインが入った世界でひとつのノート

3人のサインが入った世界でひとつのノート


「3人のサインをください!」

と言われて、フジノは人生で初めてサインなんてしましたよー!



カフェレストラン一(いち)へ

講義の後は、3人で昨年に続いて六角橋商店街の駅そばにあるカフェレストラン「一(いち)」へお邪魔しました。

六角橋駅のそばにあるカフェレストランです

六角橋駅のそばにあるカフェレストランです


NPO法人一の会の運営するカフェレストランが大好きで、毎回お邪魔しています。

和菓子が魅力的なお店です

和菓子が魅力的なお店です


かき氷や和菓子を食べながら、日頃はなかなかお会いできない3人でたくさんお話をしました。

3人の話題は尽きることがありませんでした

3人の話題は尽きることがありませんでした


本日は、アサノ先生はじめ、江口さん・DELIさん、ありがとうございました!

そして神奈川大学法学部・人間科学部のみなさん、貴重なお時間をありがとうございました!

いつの日か、みなさんと一緒に働けることを楽しみにしています。



浅野史郎教授の「地方自治論」でDELI議員・江口友子議員とともにゲストスピーカーを務めました/神奈川大学法学部・人間科学部のみなさま、ありがとうございました(2017)

浅野史郎先生「地方自治論」のゲストスピーカーとして神奈川大学を訪れました

今日は神奈川大学を訪れました。

神奈川大学の正門

神奈川大学の正門


本日の目的は、浅野史郎先生の講義『地方自治論Ⅰ』でゲストスピーカーを務めることです。

2年ぶりのゲストスピーカーです!

とても光栄なことに、今年は浅野先生から『ゲストスピーカーの人選』をフジノにお任せいただきました。

そこで、かねてから浅野史郎先生を引き合わせたいとずっと願っていた、DELI議員(松戸市議会議員)にお願いをしました。

DELI議員からも浅野先生からも即OKを頂き、めでたく素晴らしい顔合わせが実現することになりました。

このツーショットをどうしても実現したかったのです

このツーショットをどうしても実現したかったのです


そして、フジノが最も信頼し尊敬している江口友子議員(平塚市議会議員)にもお願いしました。

江口さんは絶対不可欠の存在です。

DELIさん、江口さん、フジノ。

たぶん他のどの大学であろうと絶対にありえないメンバーがそろいました。

フジノが絶大なる自信をもって学生のみなさまにおススメできるおふたりとともに登壇できて、すごくありがたい機会でした。

4年前3年前2年前、そして今日。

『アサノ知事の最後の弟子』を自認するフジノは、毎年お声がけいただけるのがとてもありがたいです。

何故なら

「フジノくん、あなたは今年も『政治家』としてしっかり仕事をしてきたね」

と浅野先生に評価していただけたからだと感じるからです。

6月定例議会直前、市長選挙直前、家族が入院中と目が回りそうなスケジュールでした。

それでもここに足を運んだのは、やはりフジノにとってアサノさんは特別な存在だからなのですね。

アサノ先生、DELIさん、江口さん、ありがとうございます。

*ごめんなさい、ここまででいったん文章を終えて仕事に戻ります。後日改めてブログを完成させますね。とりいそぎ、画像のみアップしますね。

江口友子議員

江口友子議員

DELI議員

DELI議員

フジノ

フジノ


講義終了後に話しかけてきてくれた学生さんとフジノ

講義終了後に話しかけてきてくれた学生さんとフジノ


浅野史郎先生を囲んで

浅野史郎先生を囲んで


学生さんたちとともに

学生さんたちとともに


アサノさんとDELIさんが共演できて本当に嬉しかったフジノ

アサノさんとDELIさんが共演できて本当に嬉しかったフジノ





浅野史郎さん新著「輝くいのちの伴奏者〜障害福祉の先達との対話〜」出版記念パーティーにお招きいただきました

東京・内幸町「日本プレスセンタービル」へ向かいました

けさは『予算決算常任委員会・理事会』が開かれました。まもなくスタートする2016年12月議会の準備が始まっています。

市長への一般質問を行なう為の『発言通告書』を作成しなければなりませんが、提出締め切り6日前。

内幸町へ向かいました

内幸町へ向かいました


12月議会を前に忙しさが増してきた日々にじゃっかんの焦りを感じながらも、今夜は内幸町にある『日本プレスセンター』へ向かいました。

日本プレスセンタービルにて

日本プレスセンタービルにて


こちらを会場に出版記念パーティーが開催されるのです。



浅野史郎さん・野沢和弘さん合同の出版記念パーティーです!

フジノがとてもお世話になっている、浅野史郎さんと野沢和弘さんのお二人の合同出版記念パーティーです!

浅野史郎さんと野沢和弘さん

浅野史郎さんと野沢和弘さん


8月に、野沢和弘さんが『障害者のリアル×東大生のリアル』(ぶどう社)を出版しました。

野沢和弘さんが、2014年から東京大学全学自由研究ゼミナール『障害者のリアルに迫る東大ゼミ』の講師として、学生たちが体験し感じたことを一冊の本にまとめたものです。

東大のゼミは現在も継続しています。外部からの参加も可能なので関心のある方はぜひこちらのFacebookをご覧下さい。

そして11月に、浅野史郎さんが『輝くいのちの伴走者〜障害福祉の先達との対話〜』(ぶどう社)を出版しました。

かねてからアサノさんは

「出版記念パーティーを開きたいから本を書いている」

と公言しておられ、

「最近、パーティーを開いていないから、新しい本を書いたのです」

と今夜もおっしゃっていました(笑)

アサノさんの出版記念パーティー開催は、久しぶりです。

「ああ、これが伝説の出版記念パーティーか」

というのが、初参加のフジノの感想でした。

ナミねぇからもお花が届いていました

ナミねぇからもお花が届いていました


アサノさんとご縁のある、あらゆる業界の方々がたくさん勢揃いしておられました(福祉関係はもちろん、芸能人の方々も)。

野沢和弘さんと東大ゼミの学生たち

野沢和弘さんと東大ゼミの学生たち


野沢さん、アサノさんのあいさつやステージの出し物も少しありましたが、

「参加者の交流によって縁が広がっていくことこそがパーティーの最大の目的」

ということで、ステージでのスピーチと歓談の時間がたっぷり取られました。

スピーチによって、アサノさん・野沢さんと壇上の方の関係性が分かりやすくなり、歓談しやすくなる、という訳ですね。

旧友の小山内美智子さんからメッセージが送られました

旧友の小山内美智子さんからメッセージが送られました


フジノもアサノさんに「上がりなさい」と言われてステージに上げられて、簡単なスピーチをしました。

障がい福祉をはじめとするあらゆる分野の方々を前にとても緊張しました。ふぅー。



今夜は、江口友子議員のおかげで会場までたどりつけました

緊張のスピーチだったものの、パーティー会場では懐かしい方々にもたくさんお会いすることができました。

『手をつなぐ育成会』でお世話になった方々、慶応大学SFCでゲストスピーカーを務めて下さった方々をはじめ、たくさんの方々とお話しました。

アサノさん・野沢さん、ご縁をありがとうございます。

そして、平塚市議会議員の江口友子議員とも再会することができました。

現在4期目を務める江口さんはフジノと当選同期にあたります。全ての地方議員の中でフジノが最も信頼している戦友というか同志というか、尊敬している方です。

お会いするたびにいつも新たな刺激と問題意識をいただきます。

そして「江口さんががんばっているから自分もがんばろう」という元気も。

平塚市議会議員の江口友子さんとフジノ

平塚市議会議員の江口友子さんとフジノ


とても細やかな心配りをして下さる方です。

今日もフジノがパニック発作に襲われながら電車に乗っているであろうことを予想して、メールで励ましながら会場まで誘導して下さいました。おかげで無事にたどり着くことができました(涙)。

江口議員、ありがとうございます。



サインをいただきました

最後に、アサノさんの新著にサインを頂きました。

アサノ先生にサインとお言葉を頂きました

アサノ先生にサインとお言葉を頂きました


いつもアサノさんが書いて下さる言葉に

「足下に泉あり」

というものがあります。

アサノさんから頂いたサインとメッセージ

アサノさんから頂いたサインとメッセージ


何年か前に頂いたこの言葉を、フジノは仕事をする上でいつも意識して大切にしています。

自殺対策と精神保健福祉の向上からスタートしたフジノの政治家人生ですが、足下を掘り続けていくことでその取り組みは深まっていくとともに、分野も広がっていくのを感じています。

いろいろな形でいろいろな人々から『お誘い』を受けましたが、全てお断りして、地道に地味に自分の信じる仕事をしてきたことが、結果的にとても良い形で実を結んでいると感じます。

「足下に泉あり」

これからも大切にしてきたいです。

アサノさん、野沢さん、出版おめでとうございます。

そして、素敵なパーティーにお招きいただきましてありがとうございました。

これからもどうぞよろしくお願いいたします!



江口友子議員とささやかな2次会へ

片付けも終わりましたので、江口議員と会場を後にしました。

会場の撤収作業も終わりました

会場の撤収作業も終わりました


まだまだ話し足りなかったので場所を移して、日比谷にあるフットサル場のみえる『サブウェイ』でお茶へ。

フジノが会社員時代、ここは冬になるとスケートリンクになりました

フジノが会社員時代、ここは冬になるとスケートリンクになりました


様々な政策について意見交換をしました。

特に、フジノが12月議会で行なう一般質問(テーマは『新型出生前診断』がメインです)について深く突っ込んだお話をしました。

フジノは横須賀市立うわまち病院の状況もお話したのですが、江口議員のお住いのまちである平塚市での状況についても調べてみたいと、とても関心を持っていただけたようでした。

江口議員の暮らす平塚は、フジノにとっては祖父の暮らすまち。祖父は亡くなってしまいましたが、今も第2の故郷に変わりはありません。

お互いに良い刺激を受けあいながら、それぞれのまちが良い方向へ向かっていくことを心から願っています。



浅野史郎教授の「地方自治論(2015)」でゲストスピーカーを務めました/神奈川大学法学部・人間科学部のみなさま、ありがとうございました

浅野史郎先生「地方自治論」のゲスト講師として神奈川大学を訪れました

先日お知らせしたとおり、今日は神奈川大学を訪れました。

フジノは神奈川大学が大好きです。何よりも学生たちがとてもいい!

そして、先生方も熱心。さらに、社会人の学びにも門戸を広く開いているからです。

今年1月にもフジノは、市井眞知子特任教授の御厚意で講義『被害者心理学』を受講させていただいたばかりです。

神奈川大学

神奈川大学


本日の目的は、浅野史郎先生の講義『地方自治論』でゲストスピーカーを務めることです。

神奈川大学10号館

神奈川大学10号館


大変ありがたいことに、フジノは神奈川大学で浅野史郎先生の講義のゲストスピーカーを務めたのはこれで3年連続です(嬉しい!)。

一昨年去年、そして今日。

『アサノ知事の最後の弟子』を自認するフジノは、毎年お声がけいただけるのが嬉しくて嬉しくてたまりません。

何故ならそれは「フジノくん、あなたは今年も『政治家』としてしっかり仕事をしてきたね」と浅野先生に評価していただけたからだと感じるからです。

ゲストスピーカーとして呼ばれる政治家たちの顔ぶれは毎年変わります。

『改革派知事』として全国に知られた浅野先生のおメガネにかなうには『政治家として常に全力で仕事をすること』しか無いとフジノは感じています。

*すみません、ここまででいったん文章を終えて眠ります。忙しくて全然眠っていなくて。。。後日必ずブログを完成させます。とりいそぎ、画像のみアップしますね。

前回の講義のリアクションペーパーの1つ1つにコメントをする浅野史郎教授(いつもながらすごいです)

前回の講義のリアクションペーパーの1つ1つにコメントをする浅野史郎教授(いつもながらすごいです)

受講している学生のみなさんを教壇のフジノの位置から観た様子

受講している学生のみなさんを教壇のフジノの位置から観た様子

ゲストスピーカーは以下の3名です。

江口友子平塚市議会議員、学生たちもそのお話に引き込まれていました

江口友子平塚市議会議員、学生たちもそのお話に引き込まれていました

佐藤知一県議会議員

佐藤知一県議会議員

左から、江口友子さん、フジノ、アサノ教授、佐藤知一さん

左から、江口友子さん、フジノ、アサノ教授、佐藤知一さん

次の講義に向う学生のみなさん

次の講義に向う学生のみなさん

20年も尊敬し続けてきたアサノさんに、こんなふうに書いて頂ける日が来るなんて…。

浅野史郎教授のブログ「ジョギング日記」より

浅野史郎教授のブログ「ジョギング日記」より


感動しました(涙)



浅野史郎教授の「地方自治論」のゲストスピーカー、今年もやります/神奈川大学のみなさま、お会いできるのが楽しみです!(2015)

アサノ先生から「地方自治論」ゲストスピーカーのお誘いをいただきました

神奈川県議会議員選挙が終わった翌日の朝、いちばん初めにかかってきた電話。

それはフジノのこころの師匠、アサノ先生(浅野史郎さん・元宮城県知事、現神奈川大学教授)でした。

今年もアサノ先生が担当教授として開講した『地方自治論』

神奈川大学法学部「地方自治論」シラバスより

神奈川大学法学部「地方自治論」シラバスより


今年もフジノに『ゲストスピーカー』として参加してほしい、と依頼でした。

実は、フジノは去年一昨年と2年連続でゲストスピーカーとして神奈川大学にお邪魔してきました。

何度来ても神奈川大学のキャンパスは好き

何度来ても神奈川大学のキャンパスは好き


アサノさんから頼まれごとならばどんなことでも引き受けてきたフジノです。もちろん二つ返事で、「やらせていただきます」とお応えしました。



アサノ節、炸裂。「落選しても来てよ(笑)」

それにしてもアサノさん。

いつもの優しいお声で、そしていつもの毒舌(笑)

「私はね、誰の応援にも行かないことにしているから、もちろんフジノさんの応援にも行かないよ」

(→アサノさんのことなら何でも知っているフジノだから知ってますよ−だ!)

「今回、準備が全くできてないんでしょ。まあ、フジノさん。落選したら落選したでおもしろそうだからさぁ、落ちても来てよ」

「今まで落選した議員がゲストスピーカーだったこと無いからさ、それもおもしろいかもしれないよ」

絶対に『現役』の市議会議員としてゲストスピーカーに行きますよー!



フジノはアサノさんが大好き

フジノブログの読者の方ならばご存知かと思うのですが、フジノはアサノさんが大好き。

23年前(大学1年生)の時からずっと憧れの人です。

宮城県知事だった2004年には、横須賀に来て頂いて講演をしていただきました。

2007年、都知事選挙に立候補した時には、応援にも行きました。

2009年にATLを発症して入院された時は、闘病生活をのりこえてほしいと毎日お祈りしました。

快癒されて慶応大学SFCに戻って講義やゼミを再開されてからは、勝手にアサノ先生のゼミに潜り込みました(2012年)。

2012年のアサノ先生とフジノ

2012年のアサノ先生とフジノ


慶応大学を定年で退官された後も神奈川大学に招聘されたアサノ先生のブログを、今も毎日読んでいます。

フジノの選挙のやり方の多くは、実はアサノ知事初当選の時のハチャメチャなやり方をマネしています。

そんなフジノのことをアサノ先生も可愛がって下さって、ありがたくお声がけを頂いています。



グチってしまいました

今日もフジノはアサノ先生にグチってしまいました。

「アサノ先生、『選挙公報』が全く書けないんです。もうあさってが事前審査の締切なのに、書き出しも決まらないんです」

アサノ先生はたくさんの著書を出版しておられるすごい方。

しかも絶対に連載もしめきりを1度も遅れたことがないという伝説(実話です)を持っています。

そうしたら、こう言われました。

「フジノさんはいつも100点満点を取ろうとするから書き出せない。70点でも80点でもいいんだから、まず書いてご覧なさい」

感激。。。

勇気を頂きました。

全力で書き上げます!